だぶるおー 天上国1
照準という名前だというのなら、そういう職種の人間だ。弓を射るのが得意ということだから、傭兵辺りなんだろうと、ジョシュアは理解した。相手も、簡単に頷いた。ただ、今は、右腕を折ったから無理だけどさ、と、苦笑している。右腕は添え木して固定されている。かなり派手に折れているらしい。
「他にケガは? 」
「肋骨をやってるみたいだ。けど、こっちも固定してもらってるから、部屋の中ぐらいは歩けるぜ。後は打撲らしいから、大した事はない。」
崖から転がり落ちて、その程度で済んでいるのなら、幸運だろう。下手をすれば生命を落としかねない。
「それなら重畳だ。でも、あんた、追っ手に追われてたんじゃないのか? 」
「いねぇーよ、そんなもん。流れ矢が掠ったかなんかだと思う。てか、ジョシュアさん、服変えてもらえねぇーかな? 」
胸元にリボンが大量につけられた白い寝巻きは、確かに、この男には不釣合いだ。俺らのでよかったら、持ってくる、と、ジョシュアが約束して、一端、部屋は退けた。警備隊の兵士用の簡単な寝巻きなら、たくさん在庫がある。それらから、大きさを考えて運んできたら、侍女たちに断られた。
「グラハム様より、お預かりしているものがございますから、そちらは結構です。姫様に、そんな粗末なものは着せられません。」
「待て。おまえら、あいつが男だってわかってんだろ? 」
「姫様は姫様です。グラハム様の寵愛の深いお方ですよ? ジョシュア様。」
なぜ、あの男の信望者というのは、万事、こういうことになるんだろうか、と、ジョシュアは溜め息をつく。ここにいるものは、ほとんどが、グラハムを慕っているものばかりで、ジョシュアのような、たまたま職場の上司だったという人間のほうが少数派だ。だから、グラハムが、「私の大切な姫」と、宣言しちゃうと、男女なんてものは関係なく、姫という扱いになるらしい。それが証拠に、仕事を終えて現れたダリルとハワードは、ジョシュアの手にあるものを見て、眉間に皺を寄せる。
「うちの隊長の大切な姫君に、それはないだろう。」
「ジョシュア、TPOって知ってるか? 」
「おまえら、正気か? あれ、ただの男だぞ? 」
「隊長が、一目惚れしたら男女なんてものは関係ない。姫君とおっしゃるなら、我々も、そういう態度で接するべきだろ? 」
「現に、見目麗しいとは思うぞ? ジョシュア。」
「はい? 」
おまえらまで目が湾曲してんのか? と、ツッコミはした。したが、一理あるとは思い直した。確かに、見目はいいだろう。亜麻色の髪は癖があって緩やかなウェーブをしているし、瞳は、滅多にない孔雀色だ。確かに、いい男ではある。あるのだが、根本的に、あれは男だ。
「ほら、おまえも綺麗だとは思っただろ?」
「綺麗っていうか、いや、そうだけどさ。でも、あいつ、追われてるわけでもないって、自分で言ってたし、何も、あそこに閉じ込めておかなくてもさ。」
ただの怪我人なら、もう少し景色の見える場所のほうが落ち着くだろう。城主の部屋に匿われているので、そこには外へ通じる窓がないのだ。あんなところへ閉じ込められたら、気が滅入る。
「隊長がおっしゃるには、姫君は、頑なに、ご自分のことは話さないらしい。名前もおっしゃらないから、我々も姫君とお呼びしている。」
「え? あいつ、自分で、『ロックオン』って名乗ったぜ? 傭兵らしいぞ。」
ちゃんと、ジョシュアは、そう自分の耳で聞いた。だのに、ダリルは哀れむような目を向けるし、ハワードに到っては、ジョシュアの肩をぽんぽんと励ますように叩いてくる。
「姫君が傭兵のわけがないだろ? そんなあからさまに、解りやすい偽名を使う段階でおかしい。」
「いや、おまえらのほうがおかしいだろ? 」
と、ジョシュアが叫んだら、奥の扉が静かに開いた。そこから、ひょっこりと顔を出したのが、ロックオンだ。
「ジョシュア、暇なら一緒にメシ食ってくれよ。一人だと進まなくてさ。・・・ああ、ハワードさん、ダリルさん、良ければ一緒にどうですか? 」
裸足のはずの足には包帯が巻かれている。侍女たちが、きゃあーと騒いで、ロックオンの許に駆け寄った。
「姫様、まだ、おみ足は痛みが取れておりませんでしょう? どうか、歩かないでください。」
「用事があれば、ベルを鳴らしてくだされば、私どもが、いつでも参ります。」
「それほど痛くないんで大丈夫だよ。」
「ダメです。ダリル様、姫様をベッドに運んでください。」
侍女の一人が体格の良いダリルに頼む。よしきた、と、ダリルも駆け寄り、「失礼いたします。」 と、抱き上げて奥へ引き上げる。
「無理すると治りが悪くなりますよ? 姫君。」
「いや、本当に、それほど痛くないんで。すいません。・・あの・・・一緒にメシはダメですか? 」
「姫君からのご指名でしたら、喜んで。・・・我々の食事も、こちらに運んでくれ。ハワード、ジョシュア、姫君の晩餐にお邪魔させていただくぞ。」
なんで、こうなるんだよ? と、ロックオンは視線でジョシュアに訴えた。すまん、許せ、と、ジョシュアも片手で拝む真似をする。副隊長のジョシュアのほうが階級は上なのだが、どういうわけなのか、隊長補佐のダリルとハワードのほうが、態度はでかい。それというのも、長年、グラハムに従っているから、他の信望者たちからの対応も、ジョシュアより丁寧になるかららしい。
翌日、昼頃に、ジョシュアが、ロックオンの部屋に顔を出したら、ちょうど、診察が終わったところで、髪を梳かれたり、身体を拭かれたりしていた。姫様の着替えに乱入するとは何事ですか? と、侍女たちに控えの間に追い出され、しばらくして、ようやく入室させてもらえた。
「大変だな? ロックオン。」
「そう思うなら、なんとかしてくれ。」
「すまん、俺、副隊長だけど、あんま権限ないんだよ。」
「なんで? 今、グラハムさんがいないから、あんたが一番だろ? 」
「名目上はな。けど、俺は、ここの部隊に配属になったのは、最近なんでな。隊長補佐のダリルとハワードのほうが偉いんだ。剣の腕がたつからって、グラハムが俺を呼んだからな。」
実働部隊として腕の立つものを探して、グラハムが補充した。だから、ここには各地から猛者が集っている。この東の国境は、隣がAEUという大国なので、一番確固たる警備を必要としているからだ。その要請で給金は高くなったから、ジョシュアはイヤではなかったのだが、グラハムには馴染めない。ほとんどが、グラハムシンパの集団で、集められた猛者たちも、同じように信望者に変ったのだが、ジョシュアは、そうならなかった。
「仕事は、何事もなければ気楽だし、これで給金もらえるからいいんだけどさ。・・・・あいつはなあ。どうもわかんなくてさ。」
「俺は言葉が通じない異国かと思った。」
「そうだろ? 俺も、最初の頃はそうだった。」
今は、ある程度、意味が解るし、戦略や戦術なんかでは、グラハムの論に納得も出来るようになった。途方もない方法だが、確かに確実に、敵を討てる方法だとは思うし、実際にも、それで撃退している。大国のAEUは、今のところ仕掛けて来ないが、付近の山賊たちが旅人を襲うことがある。それらは、グラハムが蹴散らしている。
作品名:だぶるおー 天上国1 作家名:篠義