永遠に失われしもの 第6章
「私はオレイニク公爵家
執事でございます。
エットーレ様、わが主には貴方のような
ご趣味はありませんので」
漆黒の燕尾服に身を包んだ
長身で細身の美麗な執事は、
そう言いながら、エットーレ卿の前を
優雅な所作で通り過ぎる。
ふと見たその横顔はたぐい稀な美貌と
言いようもない不吉で暗黒なヴェールを
纏っている。
エットーレ卿は漆黒の執事に気圧され、
思わず後ずさりし、情けなく
床に尻餅をつく格好になってしまった。
そんな卿には目もくれず、
セバスチャンは応接ソファに力なく座る
シエルの元に来て、服を整え、
ふわりと優しく抱き上げている。
「貴様ッ!!どこから・・・」
エットーレ卿は、
声だけは怒気を保っているものの、
顔色を蒼白にして驚愕していた。
「執事とは、
主の身の危険が近づきましたら
どんなことをしてでも駆けつけ、
お守りするものでございます故、
窓から失礼させていただきました。
主の貞操の危機でしたのでね」
主と呼ぶ、まだ若き金髪の美少年を
その腕に抱きながら、
闇夜よりなお黒い髪の執事は、
初めてエットーレ卿を直視した。
「今すぐこの者、お殺ししましょうか?」
セバスチャンは、
シエルの耳元にそっと優しく囁いた。
虚ろな表情のシエルは何も言わない。
乱暴にエット-レ卿に押し倒されて
乱れたシエルの耳の上あたりの髪を
白く細く少し神経質そうな、その指で
感触を楽しむかのように、撫でとかす。
「何を、無礼なことを!!」
その言葉を聞き取り、
エットーレ卿は一瞬恐怖も忘れ憤慨した。
すぐにセバスチャンは乱暴に
卿に向かい書類の束を突きつける。
「死番である貴方が、
美少年という美少年を呼び込んでは、
不埒なことをさせている。
このような事が
教皇や、貴方の反対勢力に知れたら、
一体どうなるでしょうね--」
何やら写真やら色々書かれている書類は
己の過去の行為の証拠物件なのだろうと
エットーレ卿は悟り、言葉に詰まった。
「ぐッ・・・
要求・・・は何だ?」
「何も・・
ただ貴方には職務を全うして頂き、
わが主の邪魔をしないで
頂ければよいのです」
どうせ要求に逆らっても、
この執事と、うら若き主は、
己の命をいとも簡単に
そして無残に奪い取るのだろう。
それは予感というよりは確信であった。
エットーレ卿は
がっくりと頭を垂れて、力なく告げた。
「封印・・するのだったな・・
これが保管庫の鍵だ」
作品名:永遠に失われしもの 第6章 作家名:くろ