永遠に失われしもの 第6章
「ぼっちゃん」
その一言で、目が覚めるように
シエルは再び我に返った。
セバスチャンの白く艶かしい首に
巻きついていた自分の腕をほどき、
その甘やかで物柔らかな瞳を見つめると、
シエルは突然、思いっきり平手で、
その彫像のように冷たい頬を打った。
花が咲いたように、一瞬薄いピンクに
染まる頬は瞬時のうちに、
また元の白亜の漆喰の色にもどっていく。
「これは--ご挨拶ですね」
セバスチャンは苦笑する。
「・・・遅い!
お前は僕を囮に・・」
シエルは怒りのあまり声を震わせながら、
セバスチャンをなじろうとした。
即座に漆黒の執事は、目を伏せて謝る。
その黒く長い睫毛が伏せ目で、
さらに強調されている。
「申し訳ありませんでした。
少々邪魔が入りましたので--」
平手打ちされて、乱れた髪の合間から
頬に赤い筋が見れ隠れする。
シエルの華奢な指が、セバスチャンの
濡れた烏のような漆黒の髪をかき分けた。
蒼白の頬に、かすり傷ではあるが
はっきりと赤い筋ができている。
もう血は固まっているようだ。
傷が残っていることからして、
やはり人間ではない何かが邪魔をして
きたのだろうが、
そのために自分が受けた恥辱を思うと、
やはりシエルは怒りが収まりきらない。
「私は、貴方が彼を
八つ裂きにして食い荒らしてる所を
少しは期待していたのですが--
どうやら貴方の意思は固いようで--」
ため息交じりに、セバスチャンは
シエルに語り始める。
「僕に悪魔であることを楽しめと?
お前のように、節操なく?」
「いえ--そんな。
ただ貴方が人間であってとしても、
あのような事をされたなら、
即座に撃ち殺したのではないかと
思いまして」
「下ろせ、セバスチャン」
「御意」
幾何学模様と宗教画が交互に描かれた
廊下の床に、ゆっくりとシエルを下ろし
立たせるセバスチャン。
シエルは、セバスチャンのどこかしら
冷たい侮蔑と嘲笑の混じる瞳を見据えて、
言った。
・・お前とぼくとの契約は
かっては僕が復讐を果たすその時まで
ぼくの命を守り、僕の力となること
・・そして確かに僕の命が人間によって
危険にさらされることは永遠にない・・
・・汚辱から身を守るのは
自分自身だけというわけか?
セバスチャン・・だけど僕には・・
「今の僕は、悪魔という武器が使えない。
己の尊厳を守るための拳銃を手放してしまった、ただの少年みたいなものだ・・
だからセバスチャン・・
お前はこれまで以上に、
僕の武器となれ!
奴を・・・
・・エット-レ卿を
事が済み次第、抹殺しろ!
僕に屈辱を与えた罪を
己の命で贖させろ!!」
セバスチャンは、シエルの前に跪き、
頭を垂れてその命令を拝した。
「Yes¸ my lord.」
--そうです、わが主
自尊心(プライド)だけが
貴方を守る最後の砦
私の気高く尊大で、小さな暴君よ
いつでも、貴方は私にただ命じればいい。
私はいつでも貴方の忠実なしもべ --
作品名:永遠に失われしもの 第6章 作家名:くろ