永遠に失われしもの 第6章
「聖ゲオルギオス伝説は知っているか?」
シエルの問いに、
セバスチャンは頭を振って答えた。
「いいえ、聖人とは
ご縁がございませんでしたので」
「11世紀グルジアの首都ラシュアに
毒を撒き散らし、人をかみ殺す
巨大な竜が現れた。
人々は生贄をささげたが、
生贄も尽きんとしていたとき、
聖ゲオルギウスが現れ、
竜を退治してあげようと出立する。
彼は生贄の行列の先頭に立ち、
大きく口を開け、毒を撒こうとする
その竜の口に、槍を突き刺した。
そしてその首に紐をかけ、都に連れ帰り
竜に食われたくなかったら、
キリスト教を信ぜよ!と言った。
それでその異教の都は、
キリスト教にめでたく改宗した・・・
という話だ。」
「随分とまた--
ありがた迷惑な聖人ですね」
セバスチャンは、悪戯な瞳で微笑する。
「言うまでもなく、
古来キリスト教圏では
竜は悪魔の象徴として、
度々用いられてきた表現だ」
「ええ、そうですね」
「それで
ゲオルギウスが悪魔と契約した
僕のような者だったとしたら・・・
この話はどうなる?」
セバスチャンを思案気な顔で
見つめ返すシエル。
「俗人ゲオルギウスは
魔剣クラウ・ソナスを
悪魔に渡すことを代償に、
悪魔と契約し名声を手にした
という話ですか?」
「ああ、その通りだ」
「ではその悪魔が、
クラウ・ソナスを納める鞘となって
今も存在するとお考えなのですね?」
「そう考えるのが、妥当だろう。
ローマ教皇庁にクラウ・ソナスが
もどってきていない以上。」
「なるほど--
理屈は通りますね」
「問題は、誰が聖ベテルギウスと
契約したかをしることだな・・・
お前は心あたりはないのか?」
「ふふふ、悪魔つながりで?」
可笑しくてたまらないというように、
喉の奥に笑いを抑えるセバスチャン。
それを見て、シエルは不可解な奴だと
言わんばかりに首を傾げる。
「悪魔は互いの本当の名前を教えません。
名前を知らないので、
もし私が知っていたとして、
貴方にお教えしたくても
教えようがないのです。
それに元来悪魔とは
闇に孤高に住まうものなので、
ほぼ接触もしませんしね--」
「僕とお前は例外というわけか・・・」
「ええ、そうですね」
・・確かにセバスチャンの言うとおり、
悪魔とは本来そういうものなのだろう・・
「でもどうにかして、その悪魔が誰なのか
突き止めないと・・」
考え込むシエルに、セバスチャンは
優しく微笑して言った。
「手はあります
--
餅は餅屋に。
魂のことは--」
作品名:永遠に失われしもの 第6章 作家名:くろ