だぶるおー 天上国2
そういうことなら、と、ニールは簡単に了承して、ティエリアの分の水も買った。砂漠を走るのは、夕方からのほうが涼しい。丸一日、延々と走り続けているわけではない。腹も減るし、水も補給する。だが、過酷には違いない。乗せてもらった馬は大きいが、走る振動はかなりのものだ。オアシスに辿り着いたら、足はガタガタで立っていられないほどだった。
「それは、なんだ? ニール。」
「アリーの客だ。」
「アリーの? 珍しい。俺は、あいつの客なんて生まれて初めて見たぞ。」
「そうなのか? まあ、今は休ませてやったほうがよさそうだ。デュナメスが機嫌悪くて、無茶に飛ばしたからな。刹那、荷物降ろしてくれ。」
「わかった。」
夢現に聞いていたのは、そこまでだった。柔らかい場所に下ろされて、ほっとして意識を落とした。
次に目を覚ましたら、夜だった。真っ暗ではない。月明かりがほのかに、周囲を照らしている。まだ、身体はあちこち軋んでいるが歩けないことはない。そこは粗末な家だった。外への扉なんてものもない。ゆっくりと外へ出たら、そこには大きな泉があり、少し離れた場所に、火がある。そこへ近寄ったら、ニールが立ち上がった。
「丸一日眠ってたぜ? 腹減ってないか? 」
「・・・・丸一日?・・・」
「そう、あんな乱暴な移動はしたことがなかったんだろ? 悪かったな。まあ、座れ。」
ニールの傍には、もう一人男がいた。男といっても、青年というよりは少年というくらいの背格好だ。そちらを凝視していたら、「こっちは刹那。あんたは、? 」 と、教えてくれて、ようやく尋ねられた。
「おまえは? 」
「え? 」
「おまえの名前は聞いていない。」
そう、ニールは、ティエリアの名前も聞かずに連れて来たのだ。その様子に、「あんたは・・・」 と、刹那も呆れて睨んでいる。
「俺は、ニールだ。」
「俺は、ティエリアだ。」
「うん、ティエリア。じゃあ、瓜を割るから、それを食いな。それなら甘くて疲れも取れる。刹那も食うだろ?」
「ニール、あんたは警戒心というものはないのか? 常々、俺には、警戒心を持て、と、教えている割に、あんたには、それがあるようには思えない。」
刹那は、しっかりとニールを睨んで叱っているが、それにも、どこ吹く風とばかりに、泉につけてあった瓜を手にして笑っている。
「俺には、人を見る目があるんですよ? 刹那君。」
「だからって、アリーの客だというのを、ほいほいと運んでくるのは、どうなんだ? あいつ、こんなのを見たら喜んで殺すぞ。」
「まったくだ。俺の客なんか運ぶか? あほ。」
気配もなく現れた相手は、恐ろしいほどの妖気を背後から立ち上らせていた。ティエリアは、それだけで身体が固まるほどだ。こんな妖気、遭ったことがない。かなり大柄の赤い髪の男で、どっかりと刹那と呼ばれている少年の横に座り込む。
「アリー、あんたと力比べしたいって魔法使いさんなんだ。手加減して相手してやってくれよ。修行してるんだってさ。こんな年の子が、勇ましいだろ? 」
ほら、と、綺麗に剥いた瓜をティエリアに渡し、刹那とアリーの前にも、それを差し出す。
「力比べだと? おまえな、そんなこと言うやつの相手を一々してたら、俺は寝る暇もないだろうが。だいたい、こんなヒヨっ子の相手は、刹那で十分だ。」
「あんたの客は、初めてだって刹那が言ったぞ? 」
「バカ、こいつの居るとこでやらないだけだ。人間っていうのはな、自分ならって力試ししたがるバカばっかなんだよ。もう一個剥け。」
ほれ、と、泉に浮かべてあった瓜を、ひょいっと浮かせてニールの前に運ぶ。はいはい、と、もう一個を剥いて、刹那に渡し、残りをアリーに差し出すと、刹那が、そこから半分ををもぎ取った。
「おい、ちび。」
「おまえはもういいだろう。ニールが食べてない。それにデュナメスもだ。」
名前を呼ばれてデュナメスが駆けて来ると、刹那は、一欠けらをデュナメスに食べさせて、ニールにも手渡す。
「ティエリア、お代わりは? 」
それを手にして振り向いたニールは、最初の分も食べていないティエリアに苦笑した。
「いきなり力比べしろ、なんて、言わないからさ。それ、食べて、今日はゆっくり寝て、明日な? 」
「・・・ああ・・・」
「アリーは呼べば現れるからさ。」
「・・あ、ああ・・・」
「アリーは、ここいらじゃ最強らしいから修行相手には、いい相手だよ。」
「おい、おまえ、勝手に事を進めてるんじゃねぇーぞ。なんで、修行なんぞに付き合わされなきゃならないんだ? 」
「刹那は、まだ、アリー以外の魔法力を見たことがないだろ? だからさ。そういうことなら、あんたはやってくれるだろ? 」
「ちっっ、痛いところを突きやがる。」
手にしていた瓜をがぼっと頬張るとアリーは、いきなり消えた。文句を吐かなかったということは、了解した、ということだ。
翌日、ティエリアは見事なほどに、コテンパンにやられた。へろへろと倒れこんでしまうほどの状態で、逃げようもない。
「力比べだと? おもしろい冗談を言うヤツだ。さあて、どうするかな。砂漠の真ん中に置き去りにでもしてやろうか。」
楽しそうで残忍な言葉に、ここまでか、と、ティエリアは覚悟したのだが、はいはい、終了、と、そこへニールが割って入った。
「一日目の修行は、それまで。アリーの一勝。」
「はあ? とぼけてんじゃねぇーぞ。」
「修行なんだから、一日で終るわけないだろ? 生きてるか? ティエリア。」
近寄ってきた抱き起こされた。この男は、なんなんだ? と、ティエリアにもニールの不思議さが解ってきた。最初から、この男は、するりと自分を懐に入れて世話までしてくれているのだ。ティエリアは、基本的に人見知りだ。こんなふうに構われたことはないし、構われたら怒鳴る。それなのに、この男がやることには腹が立たないのだ。後で聞かされて納得はしたが、その頃には、すっかりティエリアも、この集団に住み着いていたから、離れることなんて考えられなくなっていた。四年ばかり、修行と称して、アリーに修行をさせてもらった。体術は刹那と一緒に、ニールに習った。刹那は、無口なほうで、ティエリアに個人的なことを尋ねたりしない。だから、居心地はよかった。
年に何度かは、あの村まで買出しに出る。デュナメスに乗せられるのは、もう一人だから、刹那とティエリアが交互に一緒に、ニールと出かける。ティエリアの番の買出しに出た時に、事件は起こった。そこにやってきていた荒くれモノばかりの隊商の一人が、ティエリア一人で村を歩いている時にからかってきたのだ。そんなものは、さっくりと魔法力で退けて、ニールと合流した。買出しを終えたのか荷物をデュナメスに積み込んでいる。そろそろ帰ろうか、と、馬に乗せられて走り出したら、オアシスの入り口に、たくさんのラクダや馬に跨った隊商たちが並んでいた。空気は殺気立っている。
そこを緊張しつつ通り抜けて走り出すと、後ろから馬たちの足音がついてくる。デュナメスに全速力で走れ、と、命じて、ニールが前に跨っているティエリアをしっかりと身体で隠した。
「ティエリア、しっかり鞍を掴んでろ。絶対に離すんじゃないぞっっ。」
作品名:だぶるおー 天上国2 作家名:篠義