アカシアの樹で待ってて
少し話を戻そうと思う。オレと彼女の話じゃなくて、オレと獄寺の話だ。
例の出来事があった次の日、獄寺は学校に来なかった。
どうやら獄寺はあの後その足でそのままイタリアへと行ってしまったらしい。これはツナに聞いたことなんだけど。
元々昨日からイタリアへと飛ぶ予定だったとツナに教えられ、獄寺は計画的にオレにあの話をしたんだろうなと思った。
そうして獄寺は十日間学校を休んだ。
久しぶりに顔を合わせた獄寺は、オレが驚くぐらいに普通だった――――ように見えた。一見。
朝練を終えて教室に入った時、ツナと談笑している獄寺を見てオレの心臓はこれでもかって程に存在を主張してたけど、最初にツナが山本おはよー! って笑ってくれて、オレはおうと言いながら二人に近付くことが出来た。
ありえないぐらいばくばくと音がしてて、周りの音なんて聞こえないんじゃないかと思ってたのに、獄寺の声だけはするりとオレの耳へと入ってきた。おはよう山本って。
オレが久しぶりだなとか何とか言ったら、ツナが横からそうだよねー、今回は長かったよねと会話に混ざってくれて助かった。そこからの会話は正直言って曖昧だ。
でも思えば、その時から少し様子はおかしかったのかもしれない。だけど獄寺がオレの名前を呼ぶことが珍しいということを忘れるぐらいには、本当に久しぶりだったのだ。
そう、獄寺とオレの関係はと言えば、以前とあまり変わらない……という訳にはいかなかったのだ。
例えば昼休み。
オレと獄寺とツナの三人は何か用事がない限りは屋上で一緒に昼飯を食ったし、雨が降ったりしたらそれが教室に移って、場所が変わるぐらいで三人一緒ということだけはいつも同じだった。
その時は屋上で昼飯を食べていた。ツナはいつも弁当で、オレは弁当と購買が半々、獄寺はほぼ購買という感じなんだけど、獄寺は購買に行くと、良くツナにジュースなんかを買って来たりする。ツナに対してはいつだって甲斐甲斐しいのだ。
「十代目ぇ〜、お待たせしました! 飲み物お持ち致しました!」
「あ、ありがとう獄寺君、いつもいいって言ってるのに」
「いえいえ、これぐらい右腕として当然っスから。オレが好きでやってることなのでお気になさらず!」
「ありがとう」
ニカッと音がしそうなぐらいの笑顔を獄寺がツナに向けて、困ったようにツナが笑いつつも受け入れる。いつも通りのやりとりだ。
まぁ、ほぼ毎日こういうやりとりが繰り返される訳なんだけど、その日は続きがあった。
「ごくでらー、オレの分は?」
オレはわざとヘラッと笑って獄寺のシャツを掴んで聞いてみた。そんなオレをツナがもうしょうがないなぁという顔で見ている。
獄寺がツナに飲み物を渡して、オレが獄寺にねだって却下されるというのは一連のお約束みたいなもんだった。この言葉を言うのは物凄く緊張したけど、別に喧嘩した訳じゃないし、嫌いになった訳でもないのでこういう所は今まで通りにしたかった。ツナを挟んでいつも通りにしていれば、前のように戻れるかもという打算も働いてたことは否定できないけど、それぐらいは悪いことじゃないはずだ。
ところが。
「オラ」
「え? え?」
「それがお前の分だ」
「獄寺がオレに!?」
「獄寺君が山本に!?」
思わずオレとツナの声がハモる。
しかも獄寺が差し出して来たのは牛乳の紙パックで、オレが贔屓にしているメーカーの物だった。
「ご、ご、獄寺君どうしちゃったの!?」
「そうだぞ獄寺、お約束ってもんが分からないお前じゃねぇだろ?」
こぞって言い寄るオレとツナに獄寺は眉間に皺を寄せて不思議そうに答えた。
「はあー? お前がくれって言ったんじゃねぇかよ。いらないなら返せよ」
「いや、いる。いる……けど」
「変な奴」
イヤ、変な奴なのは獄寺の方だ。オレは間違ってない。だってその証拠にツナがオレへと寄せてくる視線が酷く頼りなくて、テレパシーなんてものが使えないオレでもツナが何を言いたいかは分かった。だって、オレも同じ電波をツナに飛ばしてたから。
これって獄寺の偽者なんじゃねぇの? っていう。
例えばツナの家で勉強することになった時。
いつもだったらツナの家に行くまでに一騒動、着いてからも一騒動。それが当たり前の日常だった。
「十代目! もうお帰りになられますか?」
「うん。あ、獄寺君……今日の勉強、山本も一緒でいいかな……?」
獄寺に伺いを立てながら、ドアの裏で隠れてるオレの方へとツナが視線をくれて、それを合図にオレは二人の方へと近寄って行く。
「悪ィな、獄寺。オレもテストの点悪くってさー」
「…………十代目がおっしゃるならオレは別に」
「…………」
「…………」
そこでもオレとツナはお互い見つめ合って、以心伝心だった。
そして獄寺は十代目それじゃあ早く行きましょうと歩き出してしまい、オレとツナの見つめ合いっぷりもスルーする始末。
そこで益々オレとツナの間で獄寺偽者説が浮上することになったのだ。
勉強してる時だって。
「獄寺君、ココなんだけど……」
「ああ、これはですね。この公式を使うんスよ」
「う、うん」
「で、これをこすると……yの値が出るんでxの値も求められます」
「そっか」
「そしたらこっちの問題も同じなんでやってみて下さい」
「ありがとう、やってみるよ」
獄寺は髪を後ろで縛って眼鏡をかけてすっかりお勉強モードだった。ツナにそれはもう懇切丁寧に教えてやっている。
当然その間、オレは置いてけぼりな訳だけど、まぁ、これはいつものことだ。ツナが終わった頃を見計らって声をかければ大量の文句と一緒にヒントぐらいはくれるのだ。獄寺は飴と鞭をオレとツナで見事に役割分担させていて、オレはあまり意味をなしていないんじゃないかと思ってるんだけど。
「なーなー、獄寺。オレにも教えてくれよ」
オレの言葉に獄寺はピクンと眉を跳ね上げると、身を乗り出してオレの手元を覗き込む。するとふわりと獄寺の匂いが一瞬だけして、今はツナの部屋なので煙草の匂いがいつもより控えめで、色んな記憶が揺さぶられて困った。
だけど獄寺はオレのそんな考えなんて思いもよらない感じに(いや、分かられてもすげぇ嫌だけど)淡々と話す。
「どこが分かんねぇんだ?」
「これ、問八のやつ」
「これはココに……こうやって、補助線引くんだよ」
「うん?」
「ほら、そしたらこの二つの角度が同じになるだろ?」
「あー……そっか!」
「後は出来るだろ」
「お、おう、サンキュ」
ふと視線を感じて目の前を見ると、オレと獄寺のそんなやりとりをポカンと口を開けてツナが見ていた。
ツナ、大丈夫だ。お前の言いたいことは分かってる。オレだっておかしいとは思ってるんだけど、でも、そろそろオレは自体が飲み込めてきた気がしているのだ。
そんなようなことが数日続いた後だった。
ツナが獄寺のいない時を見計らったかのようにオレに声をかけてきた。
「ねぇ……獄寺君どうしちゃったの? 喧嘩……って訳じゃないよねぇ」
「い、いや、別にそういうんじゃねぇけど」
オレの方が聞きたいぐらいだった。
作品名:アカシアの樹で待ってて 作家名:高梨チナ