アカシアの樹で待ってて
「そういやツナさぁ、獄寺の好きな奴って知ってる?」
「え? し、知らないよ。獄寺君そんなひといるの? まさかー、ハハッ」
「ツナ…………お前って嘘が下手だよなぁ」
オレは後ろからツナにしがみ付いたままのポジションで、急所を握っているも同然の状態だというのをツナは忘れている。オレはピタリと両手を脇腹に当ててやると、ツナは過剰に反応した。この後、何が待っているのか分かっているんだろう。
さぁ、言え。言ってしまった方がお前の為なんだぜツナ!
オレの無言の圧力に冷や汗をかきながら、しどろもどろでツナは答える。
「そんなことないよー。獄寺君の好きなのなんてオレぐらいしか思いつかないしッ」
「………………」
「や、やまもと?」
ツナとしては冗談のつもりなんだろうし(でなきゃ本人がこんなこと言える訳がない)オレだって冗談だと思うけど、何かそれってわりとオレの地雷みたいだぜツナ。
「………………残念だよ、ツナ。お前とは友達でいたかったのに」
「え、え、え」
「くらえっ」
オレは迷うことなく十本の指を駆使してツナの脇腹を攻めまくった。すると過敏に反応したツナがオレの手の中で捩れるように身体をバタつかせる。
「ギャーーッ、や、やめっ、あははっはははっ、ひ、ひぃーーー」
「さぁ、吐けっ、吐いてしまえっ」
「だ、駄目だって……! ご、ごく、獄寺君と、約束、やくそ……ッ」
「んー、聞こえないなぁ」
「ワーーーーッ! ヤメ……ッ、」
「え? 言う気になった?」
「分かった! 言う! 言うからぁぁ!」
オレは満足する答えを引きずり出して、ピタッと手を止めるとツナを開放してやった。
ツナは膝と手を地面について肩で息をしていて、こんな所を獄寺に見られでもしたらそれこそ一生口きいて貰えないだろうなという状態だった。
「うう、獄寺君……オレは自分の身の為にキミを悪魔に売り渡すよ……」
「酷ぇ言われようだなー」
「山本がそんなんだから獄寺君だって山本に言いたくなかったんだよきっと!」
涙目になりながらツナは訴えてくる。いつも勘の良いツナだけど、今回だけは外れだ。まぁ、オレ達のことなんて知らないツナに分かる訳がないし、ツナにだけは分かって欲しくない気もするんだけど。
「で、誰なんだ? 獄寺の好きな奴って」
「実はオレも詳しく知らないんだけどさ……って、待って待って! ホントに知らないんだって! 獄寺君それは絶対言えませんって教えてくれなかったんだもん」
オレの不穏な気配を察したのか、両手を伸ばしてオレから距離を取りながらツナは必死で否定した。
獄寺がツナにも言えないって珍しいこともあるもんだなって思うけど、まぁ、オレの時だって言ってなかったしな。オレとの場合は特殊すぎて言えなかったってのもあるんだろうけど。
「何か……好きな人がいるってのは教えてくれたんだけどさ」
「なんだそれだけか……」
結局ツナの持ってる情報もオレと大差ないことが分かってオレはがっかりする。
「うん、でもずっとずっと好きなんだってね。びっくりしちゃうよね」
「え?」
「獄寺君て転校してきた時から女子のこと全然相手にしてなかったじゃん? だからなのかなぁって思っちゃった。イタリアにいるのかな。たまに帰ってるしね」
「……付き合ってんのかな?」
「うーん、付き合ってないじゃないかなぁ」
「なんで?」
「だって、それなら恋人がいるって言わない? それに、その話をした時の獄寺君……何か見たことない感じでさ、切なそうって言うか、なんかそんな感じ。ちょっと大人っぽくてドキッとしちゃったよ」
日本に来る前から? じゃあオレはそいつの代わりだったってことか? そんな話は獄寺から一回も聞いたことがなかったし、それだと今更好きな奴が出来たって言うのも何か変だ。
オレが一人でぐるぐる考え込んでいると、ツナが言いにくそうに言葉を繋いだ。
「獄寺君ってオレの為に日本に来た訳だし、ゴメンねって言ったら、オレは十代目のお傍にいるのが一番の幸せですからってニッコリ笑われちゃって、オレもそれ以上何も言えなくなっちゃった」
「オレには言うなって……そん時、獄寺が言ったの?」
「うん。あ、でも山本にはナイショにしといて下さいよ! って。ずっと片思いしてるとか恥ずかしかったんじゃない? 山本に言うのは」
獄寺君は何かって言うと山本をライバル視してるからねぇと言って、そこでツナはようやく表情を崩した。
「それ、いつ話したんだ?」
「えっと、ああ、山本の噂話を聞いた時だよ。流れでそんな話になってさ」
ツナの言葉がオレの中をスルリと通って行く。
オレは色々と見落としてはいけないことを落としてるじゃないんだろうか。そうは思っても、何だか靄がかかったように全てが曖昧だった。
あの日より少し前の獄寺との会話や時間が、オレには思い出せない。
オレ達が一緒にいたあの頃、獄寺は何を思ってた? オレは獄寺の何を見てたんだ?
作品名:アカシアの樹で待ってて 作家名:高梨チナ