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だぶるおー 天上国3

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 それだけ宣言すると、ニールの顔の横に座り込んで、声をかけた。ゆっくりと目が開いて、ニールが、「離れてろ。気持ちよくないだろ? 」 と、手で刹那を追い払うようにする。その言葉で、刹那は涙が零れた。消えてしまったら、代わりはない。人間は、容易く死ぬ生き物だ。これは、失くしたくない。それまで、こんなに興奮したことはない。なんだかよくわかない感情の爆発に、刹那のほうも泣いて縋るしか思いつかない。これが欲しい。これしかいらないから、これだけが欲しい。これがあれば、この先も楽しいはずだ。だから、必死に言葉を紡ごうと思うのだが、なかなか、言葉にならない。
「ダメだ、ダメだ。あんたは死んじゃダメだ。」
「・・心配しなくても・・・すぐによくなる。ちょっと待っててくれ。」
 わんわんと泣いたら、ニールが頭を撫でてくれる。ニールの手は、アリーと違って温かい。大丈夫だ、と、何度も言われて、少しずつ気持ちが鎮まっていく。泣いてしまった刹那に、ニールは困ったように、何度も同じ言葉を吐いて、咳をする。そのたびに、血の塊が口から零れる。助けなくては、と、ようやく、刹那は、言葉を紡ぎだした。
「ニール。聞きたいことができた。」
「・・ん?・・」
「あんた、俺のモノになってくれるか? 」
 真剣に刹那は尋ねたのだが、ニールは苦しげな息を吐きつつ笑った。それから、「俺は、最初からおまえのモノだよ。」 と、はっきりと言った。
 それを聞いて、刹那はほっとして、ゆっくりとニールの唇に自分の唇を合わせた。すると、ニールの身体は、少し光るように輝いて、傷口はゆっくりと塞がっていった。長い長いキスのうちに、傷は完全になくなり、苦しげだったニールの息も落ち着いた。
「・・・せ、せつな?・・」
 傷が塞がったことを感じて、刹那が唇を離すと、ニールは驚いた顔をしていた。魔法力を、今まで発動させなかった刹那が、この時に発動させたのだと気付いたからだ。
「これで、あんたは俺のものだ。」
「・・・おまえ・・使えたのか・・・」
「よくわからない。ただ、あんたを失くすのはイヤだったからな。」
 助けたい、死なせない、と、強く念じたら、自分の身体の奥から、力が湧いてきた。それを、ニールに注ぎ込んだだけだ。魔法力についても、ニールから習ったが、実際、よくわからなかったのに、こんなに簡単なものなのかと、刹那も驚いたほどだ。
 ゆっくりと起き上がったニールは、身体を動かして、それから刹那を抱き締めた。
「ありがとう、刹那。ティエリアもびっくりさせてごめんな。」
 茫然としているティエリアにも、声をかけているが、その腕の中に抱かれているのは自分だと思うと、刹那は嬉しかった。


・・・・・そこまではよかったんだ。そこまでは。・・・・

 資料を検討しつつ、回想していた刹那は、そこで息を吐いた。それから、すぐに、ソレスタルビーイングへ連れられて、そこで言われたことに、頭上から大量のリンゴの直撃落下を食らったかのように驚かされた。ディランディーの「たらし能力」 というものについて説明されて、それから、刹那の前にニールは傅いた。
「これから、刹那の側に、ずっと臣下として居る。どんなことでも、俺は、刹那が命じてくれたらやり遂げると誓う。俺は、おまえのモノだから、ずっと、王の側近として忠誠を誓う。」
 刹那の靴に口付けて、ニールは清々しい微笑みを浮かべていた。いや、そうじゃないんだ、と、刹那の気持ちを伝えても、「それは、おまえさんが俺の能力に感化されちまっただけだ。そういう意味の相手は、俺が探してやるからな。」 なんて、おっしゃって、刹那は二の句も告げなかった。
 イオリアから次期王としての教育を受けて、周辺の紛争にも武力介入して、それなりの力をつけて、即位した瞬間に、刹那は、説明しても理解しないなら、と、王妃を指名した。それだって、「うん、とりあえず、仮にな。」 と、頷いただけだ。即位してから代替わりで、仕事も山積みだったから、深く話し合わないままになってしまったのも、痛かった。結局、即位して十数年しても、ニールは、王妃だと自分を認めていないのだ。

・・・・ニール・・・・いい加減に理解してくれないか?・・・・

 もう一度、溜め息を吐いたら、対面のマリナに笑われた。ディランディーの能力が、こんなに仇になるとは思わなかった。そうじゃない、と、何度、説明しても、ニールは納得してくれない。だいたい、ディランディーの伴侶は、それに惑わされないと言われているのに、それすら、「おまえさんは、その時、王じゃなかったからなあ。」 と、言い返す始末だ。
「俺は、プロポーズのやり方を間違っていたのか? マリナ。」
「間違ってはおりません。ニールが天然ボケなだけです。」
「やはり、そうか。」
「天然ボケには、言葉は通用しません。実力行使あるのみです。」
「戻ったら、そうする。」
「早く、ニールが見つかるとよいのですけど。アニューも、そろそろキレるでしょうから、私も便乗して、ニールを叩きのめして気絶させましょう。そのまま、寝所に運んでしまえば抵抗も止みますわ。ほほほほほ。」
 後は、あなたのテクニックと持久力に期待します、なんて、涼しい顔でおっしやって、件の孤児院のことに話は戻る。




 テラスぐらいは出てもいいですよ、と、ハワードに勧められて、ニールはテラスへと出た。眼下には、兵士たちが訓練をしているのが見えるし、そこから広がる森の景色と、外の空気は気持ちの良いものだった。身体は楽になったので、打撲の後遺症はない。後は、アバラと腕だが、これも、痛みは減ってきた。そろそろ、動けそうな気がするな、と、ニールはテラスの端から外を眺めている。
「本の他に、何か欲しいものはありませんか? 姫君。」
「これといってはないです。」
「子猫や子犬がいれば、少しは気が紛れると思って探したのですが、近隣にはいなくて・・・」
「いや、別に、そういうのは。」
 小さいものの世話をするのは好きだ。だが、ここで、それを押し付けられても連れて帰るには難儀する。だから、今は用意しないで欲しい。テラスから地面までは、かなりの高さがある。ここから逃亡するのは、ちょっと無理そうだ。右腕が使えないのは、かなり面倒だな、と、思っていたら、エイフマン教授がやってきた。
「今日は、屋根の傾斜角について講義しよう、姫君。」
「ありがとうございます。」
 さあ、中へ、と、ハワードにエスコートされて、ロックオンも中へ入った。テラスとはいえ、外の空気を吸ったら、なんだか帰りたくなってきた。たぶん、刹那は、この姿を見たら怒るだろう。それでも、その怒る姿を見たいな、と、思っていた。




作品名:だぶるおー 天上国3 作家名:篠義