だぶるおー 天上国3
連れ去られたとしたら、人家のある方向だろうと、ティエリアとデュナメスは国境付近から、人家のあるユニオンのほうへと進んでいた。この世界には人身売買なんてものもある。もし、そういう輩に捕まったとしたら、どこかの市へ運ばれる。だいたい、そういう市は、大きな街にあるのが常だ。怪我をしているなら、捕まることだってある。世界は親切な人間ばかりではない。ティエリアも、何度かそういう輩に追いかけられたことがある。たぶん、あの時も、それだった。だから、叩きのめした。ただ、報復の人数が生半可ではなかったのは予想していなかった。あの人数を前に、精神の集中ができたか、と、言えば、おそらく無理だったろう。あの頃のティエリアは、まだ未熟で、魔法力を発動させるには、ある程度の精神の集中が必要だった。それも、全部解っていて、ニールは逃げたのだ。あれだけの人数は、さすがに相手にできない。それに、ティエリアを明らかに攫っていく気配だったから、逃げてくれた。
・・・・だが、あの人も、大概に狙われているはずなんだがな・・・・
長閑な景色を眺めつつ、ティエリアは、それからのことを思い出す。王国に帰ってからも、ティエリアと刹那を連れて、何度か外へ旅はした。目的は、ティエリアと刹那の経験のためと、ニールの「男たらし」の能力を使うためだった。天上の城の住人は、そこに住んでいると寿命が延びる。だが、いつかは命は尽きるし、本国とも呼べる妖精国へと移り住んでしまう。つまり、人員の補充はあまりない。ディランディー家とハプティズム家は、血の継承がされているが、後は皆無だ。なんせ、この国は、王からして世襲制ではない。次期は、人間の世界に生まれた魔法力のあるものがなることとされている。王すら世襲しないのだから、外から連れてくるしかない。そのために、妖精の血の入ったものや、その時々で優秀で必要だと判断された人物を勧誘して連れてくるのが、ディランディー家の役目だ。現在のディランディー家は、当主のライルと、その兄のニールの二人が、それを担当している。先代は、「人タラシ」だったらしい。ティエリアも、何度かあったことがあるが、確かに好感の持てる男だった。当代は、双子だからなのか、その「たらし」能力が、ふたつに分かれている。ライルは、「女たらし」。文字通り、女性を勧誘することにかけては、失敗はない。王が遠見で見つけた相手を、天上の城に誘うのが仕事だ。なぜか、気の強い女性ばかりなのだが、それでも、それは成功している。対して、ニールのほうは、「男たらし」。ティエリアも見たことがあるが、そちらも失敗はない。遠い人革連の将軍をすらりと引き抜いた。ティエリアにも、ニールは注意した。絶対に、俺への信頼は「たらし」の力によるものだから、信頼してはいけない、なんて、おっしゃったのだ。そんなわけあるか、と、ティエリアは怒鳴り返した。だいたい、瀕死の重傷まで負って庇ってくれた相手を信頼するな、とは、何事だ、と、言いたい。魔法力の暗示なら、ティエリアにもわかる。だが、そういうものではない。
あの時だって、怪我が治ったニールは、ティエリアも一緒に、天上の城へ誘ってくれた。「取替え子」で、その魔法力と容姿では、危険極まりないから、一緒に行こうと言ってくれた。とりあえず、俺が養父ってことにしておこう、と、ちゃっかり、ディランディーさんちの一員にまでされた。アリーとの数年の修行は、かなりティエリアの魔法力を高めていたが、実際の方術として使用する修行は、天上の城にいたアレルヤから教授された。今でこそ、刹那の次に力のあるティエリアだが、それなりの苦労はした。それもいい思い出だ。そのお陰で、恋人までできた。
・・・・いや、あれは、たまたま・・・・・あいつが、言うから、俺は受けただけで、俺は、なんとも・・・・
想い人の顔を思い浮かべて赤面したティエリアに、デュナメスは嘶いた。見つけた、と、頭に鋭く届いた言葉に、ぱっと顔を上げる。
「どこだ? 」
今から向かう、と、デュナメスが向きを変えた。デュナメスは、ニールに惚れてしまい、呆れた先代からニールに渡された馬だ。馬まで魅了させたと、先代は大笑いだったが、確かに、その惚れ方は凄まじい。なんせ、刹那と取り合いをするのだ。これは、俺の女房だと、のたまったこともある。ライルの馬ケルビィムは駿馬で、そこまでの激しさはない。あたしがいないと、この人はダメなのよ、と、優雅に微笑んでいる。
跳ばすぜ、と、声がして速度が上がる。デュナメスは、天上の城でも、一番、大きな馬だ。ティエリアの乗るヴァーチェやセラビィムも、かなり大きな馬だが、デュナメスには敵わない。もっとも大きく持久力も一番の馬だ。
しかし、すぐにデュナメスは足を緩めた、気配が消えたらしい。どこか、気配を遮るものの中にいるらしい。
「方向は掴めたのだろう? デュナメス。それなら、その方向にある建物をひとつずつ探せばいい。」
遮るものが、何であるかはわからないが、まあ、こういう場合、建物というのが妥当だ。気配だけでも見つけられたなら、そこからは容易いはずだ。デュナメスもティエリアの意見に賛同して、再び、走り出す。まずは、無事な姿を確認して、連絡をしなければならない。
・・・・いや、いっそのこと、刹那を呼ばせたほうがいいのか・・・・
刹那を呼ばせれば、それは王妃と認めたことになる。王が外へ出て来られるのは、王妃の呼ぶ声だけとされている。ニールを取られるようで、ティエリアは、ちょっとイヤなのだが、自分にも恋人が出来て、認めてもいいか、とは思うようになった。
・・・まずは確認だ。・・・・
即位してからも、する前も、ずっと刹那は、ニールを見ているし、居られる限り側に居る。ニールも、同様にしているから、ほぼ二人は、城内では、ぴったりと寄り添った状態だ。だが、ニールは信じない。自分の「男たらし」の能力故の誤解だと誤解しているのだ。
・・・・そんなわけないんだが・・・どうして、あの人は、ああ、頑固なんだか・・・・・
そうじゃない、と、ティエリアは言える。だって、刹那は王なのだ。ディランディー家の「たらし」能力が通用するわけがないのに、そこは、スルーしやがるのだ、あの養い親。気長に誤解を解くと、刹那は言ったが、それは無理だと、城の誰もが気付いている。今回の騒ぎが鎮まったら、さっさと寝室へ引き摺れ、と、ティエリアも提案してきた。怪我をしたり行方不明になられるくらいなら、王妃として城にいてくれたほうが、ずっとマシだからだ。
今日は、お湯を使いましょう、と、侍女たちが、わざわざ大量のお湯を運んできた。腕以外の包帯は外されて、大きな盥の中に座らされる。打撲の痕は、青アザになっているものもあるが、かなり、それも退いている。さっぱりして、包帯を巻きなおし服を整えられると、今度は髪を洗われる。なんだか、いつもより入念だな、と、おもっていたら、爆弾発言をかまされた。
「ようやく、グラハム様がお戻りです。姫様、よかったですね? 」
「午後には戻られるそうです。姫様、今日は髪飾りをおつけいたしますね? 少しでも綺麗に飾らせていただきます。」
・・・・はい?・・・・
作品名:だぶるおー 天上国3 作家名:篠義