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永遠に失われしもの 第8章

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 バチカン秘密文書保管庫の執務官補佐が、
 法外な時間に
 教皇パウロ9世に謁見を申し込み、
 教皇の執務室に来てから、
 もう1時間になる。

 
 エット-レ枢機卿の片腕と言われた、
 その執務官補佐によれば、
 卿の死体は、目を覆うばかりの悲惨さで、

 その残虐な手口は、
 いかなるマフィアの殺し屋といえども
 遂行するのには、
 ためらわれんばかりのものだったという。


 そのやり口からして
 当初から怨恨の線が浮上しているが、
 容疑者を絞るための情報を、
 その執務官補佐は出し渋っていて、
 それが教皇の苛立ちをなお深くする。

 
 「補佐官殿、正直に申してくれないと、
  この件は明るみに出して、
  警察を呼ばなければならない
  事態になりますぞ」


 年取った教皇は後ろ手を組み、
 腹立ちながら部屋の中を歩き回っている。


 「いえ、怨恨とは考えられません。
  現に卿が身に着けているはずの金の鍵は
  どこにも見当たらないのです」


 教皇の耳にも、エットーレ卿が
 幾多の少年と不適切な関係を結んだという
 噂は届いている。

(この補佐官が上司の死後、
 その醜聞が拡がるのを恐れて、
 怨恨の線を消したがっているのは
 一目瞭然だが、
 たしかにそれでは、
 金の鍵が紛失する理由はない)


(部屋にはもっと貴重で値の張るものが
 沢山あったのだ)

(物取りの線もなく、
 怨恨の線もないとなると、
 教皇としては
 かなりまずい事態だということになる)

 
 補佐官が続けて言った。
 
 
 「それに私が最後に卿にお会いしてから、
  執務室内の物音に気がつき、
  中に踏み込み、卿の死体を発見するまで
  数分と経っていないのです。」


 「ほかの鍵の行方を至急調べなさい」

 「は!睨下
  それからもう間もなく、
  葬儀屋が卿の死体を引取りに参ります」


 「あの男を呼んだか?」

 「はい、
  葬儀の打ち合わせなどもありますので
  すぐにこちらに伺わせる手筈に」

 「ぐずぐずしていると、警察が介入して
  解剖すると言い出しかねない。
  早く来るように申し伝えなさい」


 「それには及ばないょ~...
  もう来てるからねぇ...」
 

 緊迫した空気を破り、飄々とした様子で、
 銀髪の葬儀屋が現れる。


 「もうエット-レ卿の方は、
  ご覧になりましたか?」


 教皇は、丁重に
 葬儀屋を応接ソファへと案内する。


 「何かわかることはございましたか?」


 「全く素晴らしい惨殺死体で、
  私を呼んでくれたことを感謝してるよ..
  
  無駄な傷一つなく、節操もなく、
  容赦なくいたぶられた死体は、
  見ると心が和むね...」

 
 補佐官は不快な顔を隠そうともしないが、
 教皇はまるでそんなことを
 気にも留めていない様子である。

 
 「超人的な殺人技だよ...」


 (まさしく人を超えた...ね)