だぶるおー 天上国4
その言葉に、さすがにニールも顔色を変えた。ディランディー家は、外へ使う魔法力はない。そういう意味では、人間と遜色ない。足の腱なんか切られたら、それを回復させるには、かなり時間がかかる。その間、いいようにされるなんて考えたら、目の前が真っ暗になってくる。
「・・・それは困る・・」
「なら、答えはひとつです。」
「ニール、呼んでください。」
ティエリアもせっついてくる。既に、剣の周辺だけでなく、横腹辺りまで紅い染みは広がっているのだ。早く、早く、と、ティエリアはせっつく。あんまり血を流したら、いくら回復させられるといっても、しばらくは寝込んでしまう。
・・・・どうしても、ダメか・・・・・
ニールのほうは、残念だなあ、と、内心でがっかりしていた。別に、王にどうこうされることを拒んでいたわけではない。できたら、優しい女性と子供でも作って幸せな家庭なんてものを築いて欲しい、と、夢見ていたのだ。自分が、そうやって、この世に生を受けた。刹那にも、その幸せを味わって欲しいと望んだ。王は世襲制ではないから、子供は必要ではない。だから、王妃が必ずしも女性である必要はない。それはわかっているが、どうしても子供は、男女間でしか作れない。それがあるから、長年、それから逃げ続けた。だが、まあ、ここまで、お膳立てされてしまうと、もう呼ばないわけにも行かないだろう。グラハムにどうこうされるぐらいなら、刹那にされるほうが、いいに決まっている。
「・・・刹那・・・すまない・・・助けてくれ。」
ぼそっと呟いてニールは意識を落とした。その言葉が終った瞬間に、突然に光りのハレーションが引き起こされたのだが、ニール当人だけは見ることはなかった。
だから、妖精の血を引く子供だけでも、かなりの数になりますよ? と、マリナは、刹那に反論していた。刹那としては、妖精の血云々は関係なく、孤児になった子供を引き取りたいと考えていたのだが、それは数が多すぎて事態が収拾できなくなると、マリナに止められていた。
「もちろん、余剰があれば、その部分で受け入れはできるでしょうが・・・今は、それは無理です。」
まだまだ、この世界には戦いは多い。それに付随して生み出されてしまう孤児も多いのだ。世界から、戦いをなくしたいという刹那の願いは、マリナも理解しているが、それは、とても時間のかかることだ。この国を維持するのも刹那の仕事だ。子供のために割ける物量には限りがある。
「つまり、今のところは、俺が気付く範囲の子供ということか。」
妖精の血が入っている子供なら、刹那には遠見の能力で探し出せる。孤児になったら、すかさず連れて来ることは可能だ。
「実際は、そこからになるでしょう。闇雲に連れて来るわけにはまいりません。」
世話するのは、マリナが責任者になるが、手伝うものも限られている。一気に、たくさんの子供の世話は無理だ。そのための建物を用意するところから始めるのだ。試験的に導入というのが、望ましい。
「段階的に増やせるか? マリナ。」
「ええ、そういうことでしたら。」
「では、まず、どれくらいから始めるかだな? 」
最初は近隣のものから始めればいい。その人数で建物の規模も決まる。そんな話し合いの最中に、刹那は、声を聞いた。マリナにも、微かに届いた。
「・・・すまない。王妃が呼んでいる。」
「はい、速やかに回収していらっしゃい、刹那。」
二人して、微笑んで、刹那は、そこから姿を消す。ようやく呼んだか、と、マリナは肩の力が抜けた。まあ、おそらくはアニュー辺りが、半死にしたに違いない。それでもいいのだ。要は認めさせるのが先決だ。
呼ばれた先は、ユニオンの黒の城だ。移動した先には、アニューもティエリアもいる。ベッドには、剣を突きたてられたニールがいる。すかさず、アニューとカティーは剣を引き抜くと、そこに控える。
「やりすぎだ、アニュー、カティー。」
剣を引き抜かれた傷口からは、鮮血が飛び散る。まあ、これぐらいやらないと吐かないだろうと、刹那だって理解しているが、それにしたって腹はやめろ、とは言いたい。内臓は傷つけると治してからも、しばらくはダルそうにするからだ。
「なんでもいいから、早く治せっっ。話は後だ。」
ティエリアが、そう叫ぶので、刹那も、とりあえず、寝台に近寄る。どうやら怪我をしていたらしい。あのクソジジイ、と、刹那は内心で罵った。まあ、それも後だ。ゆっくりと目を閉じているニールには近寄り、その唇にキスをする。そんなことしなくても怪我は癒せるが、刹那は、いつもこうする。この時しかさせてもらえなかったからだ。
「王妃、待たせたな。」
長かったな、と、苦笑しつつ、力を注ぎ込む。傷も骨折も、これで完治する。ついでに、いつもより濃厚にキスしておくことにした。すると、意識が戻った王妃に引き剥がされた。
「おまえさんな、そのやり方はさ。ある意味、衆人環視の羞恥プレーっていうんだぞ? 」
「俺が、俺の女房にキスをして、何か問題があるのか? ・・・ニール、こういうのが、おまえの趣味だったか? 」
血だらけだが、ニールは女性の着るような寝巻きだ。これはこれで、可愛いと刹那は思ったのだが、「んなわけあるかっっ。」 と、王妃は怒鳴って、包帯やら腕を固定していた添え木やらを外している。
「あ、悪いが、ここで随分と世話になっちまったんだ。なんか、お礼をしたいんだが・・・」
「ここに連れ込まれなければ、もう少し早く、おまえの居場所は判明したんだ。アリーが、馬を射って崖へ突き落としたそうだ。」
ニールの勝手な逃亡に、アリーは付き合っていたのだが、人里から離れた場所で瀕死の怪我でもすれば、刹那を呼ぶだろうと、馬に矢を射掛けた。れは成功したのだが、そこからがマズった。呼ぶまで監視してくれればいいのに、そのまま城に、それを報告に戻ったのだ。その間に、ニールはグラハムに連れ去られた。グラハムが黒の城に結界を張り、周囲から探されるのを防いでしまったからだ。そこまでされると、刹那でもわからない。だから、大騒ぎになった。
「・・・あの野郎・・・」
おおよその説明をされて、ニールが怒る。おかしいと思ったのだ。気配に敏感なニールが、矢を射掛けられたとすら気付かなかったのだから。精霊なら、気配は消せる。
「アリーには、俺が罰を与える。それより、大丈夫か? 」
「ああ、怪我は治った。」
「浮気していたのか? 」
「未遂だ。危なく、勝手にグラハムさんの妻にされるとこだった。」
今度は、ニールが、ここに来てからの事情を説明する。その説明に、ティエリアもカティーもアニューも、がっくりと肩を落とした。だから、そういうことになるから護衛を連れて行けと言うのだ。ニールの「たらし」能力は、暴走されたら、そういう事態に陥るのだ。兵士を威圧していたデュナメスが刹那に対抗するように駆け寄ってきて、ニールの頬に鼻先をつける。
「デュナメス、それは、俺の王妃だ。」
先に求婚したのは、俺だ、と、デュナメスは怒鳴っているが、刹那は取り合わない。さて、お礼はどうするか、と、考えて周囲を見回した。
「助けてくれたのは、あの男か? 」
作品名:だぶるおー 天上国4 作家名:篠義