だぶるおー 天上国4
足止めされて動けないジョシュアを、刹那が指差した。
「ここまで運んでくれたのは、あそこにいるグラハムだが、俺の貞操を死守してくれたのは、ジョシュアだ。ティエリア、もう足止めは解いてくれ。」
ティエリアが、術を解くと、ジョシュアは身体が自由になった。なんか、いろいろとツッコミどころ満載だが、とりあえず、「おまえなあ。」 と、ちょっと近寄りつつ頭を掻く。確かに、ロックオンはウィザードではないが、ウィザードより性質が悪いだろうと、ツッコミはした。
「女房はいねぇーって言ったじゃないか。」
「だから、女房じゃなくて亭主だ。それから、この亭主と、そこのティエリアが、俺の養い子なんだ。びっくりさせて悪かった。すぐに帰らせてもらう。」
「養い子? え?」
「王になる前に育ててたんだよ。すっかり、男前に育ってくれて、俺は嬉しいんだが、女房を選ぶ趣味だけは最悪だった。」
「ニール、それは俺に失礼だ。」
だって、おまえ、俺を選ぶなんてさ、と、ロックオンは苦笑しつつ、その刹那の頭をぐりぐりと撫でている。
「天上の城の王妃とは、思いつかなかった。」
「そうだろうなあ。俺もなった覚えはないんだが・・・世話になった。」
「いや、まあ、無事でよかったよ。」
これ、ひとつ間違えば国際問題だったよな? と、ジョシュアは背中に冷たいものを感じる。グラハムが、無茶をしていたら、この城と警備隊は壊滅していたに違いない。
「なぜだ、なぜ、私の姫は、私の許を去るようなことを言うんだっっ。姫は、私のものだ。誰にも渡さんっっ。」
どうやら自力で、術を解いたグラハムも迫ってくる。
「こういうことなんでな、グラハムさん。それから、あんたは、俺の能力に飲まれただけだ。」
ディランディーさんちの「たらし」能力は、絶大だ。それに引きずり込まれたのだ、と、ニールは説明するが、グラハムは受け入れない。
「ならば、私を姫のナイトにしていただこう。姫に忠誠を誓う。」
「おい、グラハム? 」
おまえは、ユニオンの上級大尉様で、ここの警備隊の隊長なんですが? と、律儀にジョシュアがツッコミはする。
「これほど惚れた相手は、過去にない。姫の姿がある場所が、私の生きる場所だ。他人の妻だと言うなら、せめて、その姿だけでも目にしていたいのだ。」
切々と心情を吐露されても、ニールは退くだけだ。「どうする?」 と、刹那が問う前に、ティエリアが、「却下だ。」 と、叫んでいる。こんな危険な生き物を、天上の城に迎え入れるなんて、絶対にやりたくない。
「王妃の姿がないと生きられないなら死んで頂きますか? 義兄上様。」
アニューは、素直に、その言葉に剣を構えている。いやいやいや、待て、と、ニールが止める。一応、命の恩人だ。ここで斬り捨てるわけにはいかない。
「こいつは、グラハム・エーカーだろ? 確か、こいつは妖精の血が入っているはずだ。」
元AEUの軍隊に所属していたカティーは、その名前を知っている。常人には思いつかない技を使う男だ。術も使えると聞いている。そういう意味でなら、天上の城の住人としては相応しい。
「すいません、カティーねーさん。グラハムさんが、うちに来ると、俺は城に住みたくなくなります。」
さすがに、終始、このおかしな男の言動に晒されるなんて、ニールはげんなりだ。それも、襲い掛かってくるような男に護られたくない。
「そういうことだ、王。これは却下だな。」
そりゃそうだろうな、と、カティーも納得して頷く。刹那のほうも、こんな危険なのは城に入れたくない。
「ということだ、グラハム・エーカー。おまえを王妃の護衛にすることは認められない。」
では帰ろうか、と、刹那は、手をくるりと翻して、小さな皮袋を出現させた。それを、ジョシュアに渡して、「これは礼だ。」 と、おっしゃると、ニールの身体を抱き寄せるようにして姿を消した。もちろん、その場に居た天上の城の住人と馬も、跡形もなく消えていた。残ったのは、寝台の上の血だらけのシーツだけだった。
あまりの衝撃に、しばらくは騒ぎになったが、それも数日すると収まってきた。グラハムは、軍を辞めて天上の城を探すと息巻いているのだが、ダリルとハワードが宥めている。そのうち落ち着くだろうとは思っているが、ジョシュアは気にしない。これでお役御免で、故郷に配置換えになっても、なんら問題はないからだ。あの皮袋には、金の粒が入っていた。それは、城のもので分けたので、ジョシュアにも、少し分け前が入った。
・・・いやーまさか、天上の城の妖精王と王妃に遭うことがあるなんてなあ・・・・
ただの気の良い男だとばかり思っていたロックオンが、王妃なんてものだったのには、心底、驚いたが、納得もした。やはり、お貴族様だったんだな、と、その生活態度に納得はしたからだ。それについては、ハワードとダリルも納得していた。どこかで、ちゃんとした教育を受けているのは見て取れたからだ。エイフマン教授も、優秀な生徒がいなくなって残念だと零していた。
数日して、ジョシュアが部屋で、のんびりと寛いでいるところへ、唐突に人が現れた。扉からではない。唐突に、人が出現したのだ。それも二人だ。一人は、先日も現れた紫の髪の青年だ。
「うあっっ。」
「こんばんわ、すいません、驚かせて。ジョシュアさんですよね? ティエリア、この人で合ってる? 」
背高いほうの男は、温和そうな表情で軽く会釈した。ああ、そうだ、と、ティエリアと呼ばれた青年も頷いている。
「先日は、失礼した。あなたが、ニールの世話をしてくれたことには、心から礼を言う。」
「いや、別に大したことはしてないぜ。それより、なんかあったのか? 」
一々驚いているのも、どうかと思い直し、用件を尋ねる。何事かあるから出現したには違いないからだ。ロックオンの持ち物を引き渡して欲しいというなら、グラハムに尋ねてもらわなければならない。結局、それは、ジョシュアは見つけられなかったからだ。
「あなたを、天上の城にお誘いに来ました。」
「はい? 」
「ロックオンは、本当はニールって言うんだけどね。それでうちの王妃なんだけど、王妃は退屈でイヤだって駄々を捏ねるから、話し相手と護衛を用意することになったんだ。それで、ニールが、それなら、あなたがいいって言うので。」
「いや、俺は人間で、妖精の血なんて、これっぽっちも入ってないぞ。」
「ああ、別に、普通の人間でも問題ないんだよ。それに、エイフマン教授も、近々、うちに来られることになってるから。あの人も、ただの人間。」
「はあ? 」
僕は、妖精王の側近で、アレルヤと言います、と、長閑に笑って言うことに、ジョシュアも、ちょっと絶句した。誘いって、そんなもんがあるとは思わなかった。戻ってから建築関係や武具や武器に詳しいエイフマン教授を召還したい、と、ニールは言った。たぶん、受けてくれると思うから行って来る、と、飛び出そうとするので、刹那が止めた。それなら、アレルヤに行かせればいい、と、アレルヤは王から命じられた。ついでに、誰か、と、尋ねたらジョシュアなら、と、付け足したのだ。
「あなたは、ニールに惑わされなかったから、それでね。」
作品名:だぶるおー 天上国4 作家名:篠義