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神聖ロミオとチェネレントーラ第一話

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 フェリシアーノはそこで想像をやめた。みんなが仲良くなるのは土台無理な話だ。数十年前、まだ枢軸と連合が争っていた時代から少しも変わらず、争いの火種は地球のどこかで、形はどうあれ今もなお燻り続けている。消えてしまった人も数多い。
 ルートヴィヒの広い背中に腕を回して抱きしめる。友を無意識のうちに『彼』だと錯覚してしまう。幼いときの淡い恋は思い出の中に埋もれて消えてしまうのを今でも希っている。しかし忘れようと思えば思うほど『彼』との思い出が溢れかえってくる。思い出で泣けなくなった。鈍磨に似ている。誰もがフェリシアーノを女の子だと思っていた時期までは、必ず帰ってきてくれるという灰かぶりに似た期待を持っていた。声変わりが来て、誰も自分を女の子だと間違えないようになってから、そんな根拠のない期待は薄れていった。男の子には王子様が来ないのだから、王子様は灰にまみれたみじめな娘を忘れて、思い出のなかにいる、小さくて弱虫な女の子を探しているに決まっているはずだから、と自らに言い聞かせた。声変わりが起こるまで、自分が男だってローデリヒに言わなかったのは、もう一度『彼』に迎えに来て欲しいからだった。
 歴史を学べば、彼が消えてしまったことは一目瞭然だった。三十年戦争で著しく荒廃し、「帝国の死亡証明書」と呼ばれるヴェストファーレン条約の発布以降、ギルベルトの台頭によって諸侯のバランスが崩れ、フランシスの上司の侵攻を受け、皇帝権力の形骸化も甚だしく進み、最後はローデリヒの上司が皇位を捨てた。『彼』が『彼』でいられた最後の砦を崩したのだ。その前後にルートヴィヒが生まれた。考えてみればこの大きな背中は、同い年を名乗るくせにフェリシアーノよりも年下なのだ。悠久のときを生きる「国」で、国民の平均といえる肉体と人格を有する、「国」の具現。彼らこそが、何百年を経ても老衰で死ぬことのない「国」なのである。国の成立とともに生まれ国の滅亡とともに死ぬ一蓮托生の関係であった。現にフェリシアーノの祖父は、ローマ帝国の滅びとともに穏やかな終焉を迎えた。どうして自分やその知り合いたちが「国」として生まれたのかは分からない。そもそも、「国」として生まれたことが不可思議でならない。どうしてひとつの国には一人ないし二人しかいないのか。形を持った『国』であるフェリシアーノらが消えるときはどのような終わりを迎えるのだろう。『彼』はどのようにしてこの世から消えていってしまったのだろうか。もうよみがえることなどないのだろうか。疑問は尽きない。
 ……考えるのはもうやめよう。落ち込んでいるのはイタリア人のキャラじゃない。料理をして、おいしいものを食べて、おしゃれして、シエスタして、恋に生きて(いい加減童貞は捨てたいけど)、一生を楽しみ尽くしたい。ちょっと弱虫なのはどうにかしたいけどルートヴィヒがどうにかしてくれるよ。多分。明日の朝食を考えよう。明日はルートヴィヒもギルベルトも休日だから、明日も一緒にお菓子を作ろう。
 そろそろ眠ろうと瞼を下ろしたとき、閉じられた窓が大きく震え、木の葉が大きくざわめいた。びくっとして振り返ったフェリシアーノはむくりと起き上がり、ベッドに膝をついた。窓の桟に手を置く。カーテンの隙間から覗ける月輪の下、仄明かりを浴びた木々が伸び縮みする影を芝生に投影する。
「風、強いのかな」
 フェリシアーノは半開きのカーテンを横に滑らせ、窓をそっと押し開けた。ふわぁと冷気が忍び寄る。
 大丈夫、雷は鳴っていない。月明かりにそっとほほ笑む。どこからともなく吹いた風に白い羽根が数枚舞った。
 薄らと蒼みを帯びた満月。眩暈がするほど濃い海底のような夜。生きとし生けるものはみな太陽が没するとともに夢に沈む時間である。窓の左右にまでかかる巨大な真円は透明な蒼みを帯びて、クレーターの影までが克明に刻まれている。地が再び太陽で満たされるまでの半日を統べる、無慈悲な夜の女王が巨大な月輪に形を変えて、夜空の銀幕に立ち尽くしている。地の息吹が轟と大地を一嘗めした。寝癖を乱す風に顔を覆った瞬間である。
 窓の外から、誰かが前触れもなく皮のブーツで芝生に降り立つ、さくりとした音が聞こえた。髪を押さえていた腕をそっと退けた。フェリシアーノの眼前、真っ白な羽根を左右に広く伸ばし、人の形をした影を抱いていた。純白の衣をまとった姿は紛れもなく、幼いころからヴァチカン爺から教わってきた、聖書のなかだけにいた<天使>そのものであった。
「え……?」
 フェリシアーノは自分の喉が、自らの意思に関わらず鳴ったのを聞いた。
 ありえない、天国にすむ神様のしもべがこの世に降りてくるわけがない、フェリシアーノの首がふるふると横にふれる。しかし目を凝らせば凝らすほど、教皇衣の人影は神の使いとしか見えないのである。アーサーはたまにブリタニアエンジェルに変身することはあるけれど、彼に薄く漂うオカルトらしさは目の前にいる<天使>には微塵も感じられないのである。
 両端を比べれば一隻のゴンドラほどはある翼が御使いの背に生えている。筋肉はないが同じくらいの背丈のため青年であることに間違いはない。剣のような十字架のペンダントが金の光を弾き返す。ベレー帽の下から覗く短い髪は濃い栗毛である。月光に遮られて顔こそは見えなかったが、その奥にある瞳孔がフェリシアーノを呼び寄せた。
 思わず窓の桟を飛び越えた。ルートヴィヒが几帳面に刈り込んだ芝生はちくちくと裸足を刺した。
 純白の絹に縹色の光を受けた<天使>は、両足に力のない黒い人影を抱き寄せる。天の息吹がくるんをかぼそく揺らした。
「ねえ……君は、」
 ささやかな追尋が終わるのを待たずして、<天使>が抱いていた人影が急にくず折れた。フェリシアーノは、芝生に前かがみに倒れこむ少年を思わず抱き支える。その肩を両手で掴んで、半ば叫ぶように訊いた。
「どうしたの!? ねえ、返事してよ、だいじょうぶ?」
 心臓がばくばくと脈打つ。どうしよう、どうしよう、思考ばかりが漂白される。
「しっかりして、」
 ようやく黒い少年が顔を上げた。骨ばった指がフェリシアーノの上着の袖を絞った。握力が弱々しいにも拘わらず、指先からも染み出すように感じられる妄執に背筋がぞくりとする。
 にわかに逆光となった青い瞳は、暈けた焦点をどこか遠くで結んだ。
 切れた唇が古びた響きのドイツ語を途切れ途切れに紡ぐ。
「Wo...bist...du...jetzt, Italien...」(今どこにいるんだ、イタリ……)
 がくりと崩れた「誰か」の声、やや成長した面持ち、戦いの中に身を置いてもなお虚弱な体つき、帽子の下から覗くもみあげの金色、あらゆるところから感じられるぶっきらぼうさ、その全てが月明かりの下に明らかになった。
 生き別れた、時の帝国。暦の上、すでに亡国。
 200年以上前に消滅したはずの神聖ローマその人であった。
 途端、<天使>が巨大な翼を羽ばたかせた。一瞬の烈風が庭をひと撫でし、羽根の生えた翼は南中の空に小さくなって消えていった。
 








 どれくらい時間がたっただろうか。