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陽だまりの夢

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「まあ……考えてみるとお前だけ、合流するのが遅かったしな。俺たちは、子どもの頃から一緒だったけど」
「そうだよねー。まさか皆、そんなに早くから出会ってるなんて。俺だって、ずっと会いたかったのに」
 適当に振ると、勘右ヱ門はふくらませていた頬から息を吐き出して、悔しそうな顔になった。歩き出しながら、俺は続ける。
「って言ってもお前、中学の頃は海外にいたんだろ?」
「そ。うちの親父さんの仕事の都合でねー。アメリカに二年。ま、結構楽しかったんだけどさ、向こうの学校通うのも」
 さっきの猫をまねるように、歩きながら勘右ヱ門が伸びをする。
「それに、あっちでも誰にも会わなかったわけじゃないんだ。兵助の委員会の後輩にも会ったし。ほら、バナナっぽい髪の」
「タカ丸さんか?」
「そうそう。ほかにも、すれ違うくらいだけど、ニ、三人には会ったな。縁のある人とは、引き合うもんなんだと思ったよ。だから絶対、いつか皆にも会えるって信じてた」
 からりと笑う勘右ヱ門の声は明るくて、なんのわだかまりもないようで、不思議だった。
 俺たちに会いたかったと、彼は言う。なんのためらいもない声で。俺は、どうだろう。考える暇もなくほかの奴らとは出会っていたけれど、勘右ヱ門と会えないでいる十五年の間、どう思っていたのだろう。
 忘れたことはなかった。彼と別れた日のことを、ずっと考え続けていた。でも、会いたかったのかと聞かれたら、俺は答えられなかったかもしれない。

「とはいえ、実際会えた時には、びっくりしたよね。勢ぞろいしてるとは思わなかったし」
「入学早々、話題の的だったぞ、俺たち……。あんな騒ぎになるとはなあ」
 げんなりして俺は言う。入学してから一年近く経とうという今では噂もおさまっているが、あのあと、クラスの連中の好奇の視線をおさめるのには、それなりの時間が必要だったのだ。
 結局俺たちは、あれは昔に別れ別れになった幼なじみとの感動の再会なんだ、とかいう適当な言い訳で押し通した。あながち嘘でもないのだし。伏せたのは、別れたのが数百年単位の昔だということと、もう一つ。その別れは死別だったこと、それも俺の腕の中で、息を引き取ったのだということだけだ。

 俺たちは、同じ隊に所属する忍として働いていた。任務から引き上げる途中、もう少しで帰れるという時、敵の残党に襲われた。刃は、一瞬の隙をつかれた俺ではなく、俺を助けようとした勘右ヱ門の腹を切り裂いたのだ。


「俺はお前とまた会えて、嬉しかったよ」
 勘右ヱ門の声は明るくて、俺はかえって、声を詰まらせるしかない。
「……ふーん」
「あ、なんだよふーんって。冷たいなー」
「俺は別にお前のアホ面を見ても、なんの感慨もなかったけどな」
「ちぇー。鉢屋のツンデレー。まあ、いいけど」
 誰がツンデレだ。俺の突っ込みが追いつかないうちに、勘右ヱ門はにっと口を大きくあけて笑った。気分の切り替えがおそろしく早いのも、昔と変わらない、こいつの特徴だ。何を言ってもめげやしない。
「俺、鉢屋のこと好きだもん。俺は嬉しかったから、いいや」
 唇が震えそうになって、俺は咄嗟に掌を握り締めた。きつく握って、ばぁか、とだけ言い返す。友人同士の、他愛無い軽口に聞こえるように。
 勘右ヱ門は悲しそうに眉を下げたけれど、それ以上は何も言わず、ぷいっと視線をそらした。彼が視線を前に戻したのを確認して、俺はそろそろと息を吐き出した。自然と下がった視線が、爪先に落ちていく。ひどく重く感じられるそれは、いつの間にかコンクリートの上のスニーカーでなく、土の上の草鞋に変わっていく。濡れた土の匂いが蘇ってくる。指先を冷やすのが、汗なのか、他人の血なのかわからない。

 お前は知らない。お前は憶えていないんだ。
 私を助けたばっかりに、前世のお前は死んでしまった。憶えていたら、そんなに気軽に、今、俺を好きだなんて言えないはずだ。

 勘右ヱ門は、多分深く考えていないのだろう。友人に対しても、犬猫に対しても、こいつの好意の表現は、基本的に開けっぴろげなのだ。あんな台詞も、挨拶程度にしか思っていないに違いない。そうでなければいけない。それなのに、勘右ヱ門の言葉はまっすぐで、俺は途方に暮れてしまう。
 忘れることのない記憶があった。俺の腕の中に倒れこんだ顔の青白さ。医療班を呼ぶ、誰かの怒鳴り声。嗅いだこともないほど血の匂いが濃くなって、俺は、彼の体をかき抱いている自分に気づく。勘右ヱ門の体はぐったりとして、信じられないくらいに重かった。俺は震えながら、彼の頬に手を当てた。頼むから目をあけてくれ。私、私は、お前が――。
 つまり俺は、相手の死に際に初告白をかましたというわけで、格好がつかないにもほどがある。これについては真剣に忘れたいが、残念ながら、はっきりと憶えているので仕方ない。
 勘右ヱ門は俺の声を聞いて、かすかに微笑んだようだった。青白い顔で、俺の掌に、ぎこちなく頬をこすりつけた。そして、二度と動かなかった。
 俺は、先を行く彼の背中を見ながら、ぼんやりと思う。
 お前は、どう思っていたんだろう。
 私のためになど死んで、後悔はしなかったのか。
 忍者の戦場での生き死にを嘆くなど、愚かなことだ。だけど、あんな風に彼が死んで、私は目の前が真っ暗になった。今も、それを忘れられない。

 ――鉢屋! また会えたなぁ。

 再会した時、勘右ヱ門は笑った。その顔には屈託のかけらもなくて、それで俺は、こいつは何も憶えていないのだと知った。それがわかったら、怖くなった。真実を話して、もしも恨まれても、後悔してるといわれてもよかった。それくらいの覚悟はできていた。だけどこいつは、あまりに変わっていなかった。ためらいなく俺を助けて、笑って死んだ、あの時から。 
 臆病者だと、罵ってくれて構わない。戦よりも、敵よりも、俺には誰かを大事に思うことこそが恐ろしかった。それがあまりに簡単に失われてしまうことを知っていたから、あんなぎりぎりになるまで、言葉にすることが出来なかった。室町の世と今が違うことはわかっていても、あの手に残った冷たさが、俺からすべての楽観を失わせる。
 俺は、俺のために冷たくなるお前を、もう二度と見たくない。いっそ俺を恨むなら、そのほうがいい。二度と俺を助けようなんて、思わないでいてくれたほうがいい。
 
 俺の心など知るよしもない勘右ヱ門が、でもさ、と明るい声をあげた。
「どうせ生まれ変わるんならさー、俺女のひとになればよかったな。Eカップ童顔の俺。そんで、セーラー服。どうよ。鉢屋もぐっとくるだろ!」
 ……あほか。そんなお前、気持ち悪いばっかりだし。っていうか、いつ俺がそんなのが好みだって言った。
「あ、ブレザーにミニスカのほうがよかった?」
 そういう問題じゃないし。大体俺はどっちかっていうとセーラー派で、いやそんなことはどうでもいい。関係ないからな!?
 俺が言うのに、勘右ヱ門の奴は聞いちゃいない。俺の先を駆けていく。数メートル離れたあたりで立ち止まって振り返り、俺が来るのを待っている。そのくりかえし。
作品名:陽だまりの夢 作家名:リカ