Shall we dance ?
だが。
「じゃ、じゃあなっ」
ギルはエリザのほうを見ないまま踵を返した。
あまりにも恥ずかしくて、ここに留まっていられなくなったようだ。
「え」
エリザは驚き、声をあげた。
一方、ギルは逃げるように足早にバイルシュミット家の馬車のほうに去っていこうとする。
エリザは口をへの字に曲げた。
そして。
「ちょっと待ちなさいよ!」
遠ざかろうとする背中に呼びかけた。
ギルは足を止め、振り返る。
「な、なんだ?」
不思議そうな顔をエリザに向けた。呼び止められる心当たりがまったくないようだ。
エリザは少しうつむいて無言で歩いていき、ギルの近くまで行くと立ち止まった。
キッと顔をあげ、ギルをにらみつける。
「なんだ、じゃないわ」
声も厳しいものとなった。
「あれで終わりってどういうことよ」
挑発的な口調で続ける。
「あんた、ふざけてるの?」
「ふざけてなんかねぇよ!」
即座に、ギルは怒った様子で言い返してきた。
もちろんエリザはギルがふざけていたなんて思ってはいない。しかし、それは表に出さずにおく。
「じゃあ、本気なの?」
「あったりまえだろ!」
「だったら」
とがっていた声を、一転して、落ち着いたものにした。
「あんたの本気、見せてよ」
だが、内面は落ち着いてなんかいない。
胸の中で心臓がやたらと鳴っている。
そのいつもよりも大きくて早い鼓動が、感情を激しく揺り動かす。
せきたてられているような気がする。
波立っている感情を、想いを、熱を、外へとぶつけたくなる。
エリザはギルを真正面から見つめ、自分の内側に生まれた熱に押されるように言う。
「ちゃんと口説いてよ」
そう告げた声は初夏の夜気によく響いた。
作品名:Shall we dance ? 作家名:hujio