Shall we dance ?
2
エリザとギルを乗せたバイルシュミット家の馬車がフランシスの屋敷に到着した頃には、日はすっかり暮れていた。
あたりに夜の帳がおりているが、真っ暗ではない。
敷地内のあちらこちらに灯りがともされている。
広く緑ゆたかな庭は綺麗に整えられていて、大きな噴水もある。
陽が落ちて気温が下がっているものの寒くはない。肌をなでる風はむしろ心地良く、季節が初夏であることを感じさせる。
馬車からおりたエリザとギルは館のほうへ行く。
夜空の影が落ちる中、いくつもの灯りに照らされているその館は左右に長く伸びつつも、どっしりとそびえ立って堅固な様子であり、しかし、つい見とれてしまいそうなほど優美でもある。
宮殿と呼ぶのがふさわしいような建物だ。
エリザとギルは使用人たちから丁重な出迎えを受けて、中に入った。
待合室らしき広い部屋に通される。
そこには、すでに招待客がたくさんいた。
連れや知り合いと話をしたり、給仕されたグラスの飲み物を口にしたりしながら、舞踏会が始まるのを待っている。
エリザとギルも彼らと同じように待つ。
やがて、大広間に続く扉が開けられた。
大広間は上の階までぶち抜かれているので、天井がかなり高いところにある。見あげていると気が遠くなりそうな高さだ。その天井にも精緻な彫刻が施されている。
室内はどこもかしこも意匠が凝らされ、絢爛豪華、それでいて洗練されて、非の打ち所がない。
そこに正装した紳士淑女がつどい、場をいっそう華やかなものにしている。
「やあ」
エリザとギルは声をかけられた。
色あざやかな衣装を着ていて、だがその派手さが様になっている伊達男。
この屋敷の主にして、この舞踏会の主催者。
フランシスだ。
「よく来てくれたね。嬉しいよ」
笑顔をきらめかせ、喜びを表現するように両手を大きく広げている。
エリザはにっこりと微笑む。
「今夜は招いていただいて、私も嬉しいわ。ありがとう」
厳密に言えば、招待されたのはギルであって、エリザはそのおまけのようなものであり、招待されたわけではない。
だが、こうしてここに来ているのだから招待されたのと同じと見なしていいだろうし、招かれたこと対する感謝を伝えなければならない。
それが礼儀だ。
しかし。
「おう」
エリザの隣で、ギルが言う。
「招待されたからな、別に来たくはなかったが、まぁ、来てやったぜ」
大変えらそうな態度である。
エリザはフランシスを見ていた眼をギルに向け、軽くにらむ。
「ギル」
「いいよ、俺はぜんぜん気にしてないから」
心からそう思っているように朗らかにフランシスが言った。
エリザはふたたびフランシスを見る。
すると、フランシスはまた笑顔をきらめかせた。
「そんなことより、エリザ」
フランシスはエリザをじっと見ている。友人のギルについては、まるで眼中にない様子だ。
「君はいつも美しくて魅力的だけど、今夜は特に美しいね」
熱い眼差しを向け、流れるようになめらかに称賛する。
「そのドレス、よく似合ってるよ」
自然な動作でエリザの手を取った。
そして、その手の甲にくちづけしようとする。
だが。
「わーっ!」
突然、隣でギルが騒いだ。
作品名:Shall we dance ? 作家名:hujio