永遠に失われしもの 第9章
ここで相手に舐められてはいけないと、
必死に睨み返すラウルだったが、
漆黒の執事の、赤みがかった不思議な瞳の
色を間近に見つめ続けるうちに、
魅入られるような、
それでいて背筋に悪寒が走り
身体が硬直するような感覚に陥れられた。
ラウルは締め上げていた手を離し、
息苦しくなった首元を開放するため、
タイを緩めながら、言った。
「昨夜はお楽しみだったみたいですね」
セバスチャンは、黙ったまま上品な仕草で
逆にタイを整えている。
「ローマ劇場での
演奏会に行ったんでしょう?」
「ええ」
「でも聴く暇はなかったみたいですね。
多くの方が見たそうですよ、
あなた方の抱擁や接吻や更なる
不埒な行為を公衆の面前で」
「随分早くからお仕事されて--
あの深夜からよくぞ、
そこまで情報が集まったものです。
といっても、貴方自身が足を運ばれて
集めた情報ではないんでしょうけれど。
感心しますよ。
もうこんな茶番はやめませんか?」
セバスチャンの言葉に
頭にかっと血がのぼっていくのを
ラウルは感じた。
・・そう、逮捕理由はなんでもいい。
とにかく国外退去されない様足止めして、
その間に、エット-レ卿殺害の捜査を
進められれば、それでいい。
もし公爵と執事が事件に関わりがなくても
他に犯人が見つからないのなら、
外国人であるこの執事を犯人に仕立てれば
全ては丸く収まる・・
署長経由でそんな捜査の方針を聞かされ、
同時に、実際に捜査もしていない署長から
貴族どもの証言入りの書類を
朝来てすぐ渡されたことが、この執事に
実にあっさりと
見破られていたからである。
上の意向に逆らえば、
自分や署長すら命の保障はないのだ。
「まぁいいでしょう。
エット-レ卿殺害は、後ほどゆっくり
聞かせてもらいます。
ちゃんと今度は聞かせてもらいますよ。
貴方の大事な公爵を痛めつけて
聞き出されたくないのならね」
尋問開始から初めて、漆黒の執事は
眉を顰めて、険しい表情をあらわにした。
作品名:永遠に失われしもの 第9章 作家名:くろ