永遠に失われしもの 第9章
この世のものとは思えない美しさを持つ
目の前の二人に暗黙の了解があったのか、
漆黒の燕尾服に身を包んだ執事は軽く頷いて、ラウルに近づいてきた。
「どうぞ、こちらへ」
彼が近づくと共に、
ほのかに良い香りが漂い始め、
何の香りだろうと考えているラウルを、
その執事は、上品かつ優雅な動作で促す。
「わが主が、エット-レ枢機卿に謁見を
願い出た理由は--」
近くで見れば見るほど、
艶のある漆黒の髪に、
傷一つないその白い肌と、
見事なまでに整った端正な面立ちは、
そこに存在するのが
まるで奇跡のような域で、
セバスチャンが話しだしたのにも関わらず
ラウルの心をしばし魅了していた。
「ラウルさん?」
呼ばれて、はっと我にかえったラウルは、
同姓であるはずの執事を見て、
心臓の鼓動を速める自分に
心中で苦笑しつつ、メモに目を落とした。
「ああっ・・・はい」
「オレイニク公爵の後継者として、
法王庁に認めていただくため」
「と言いますと、先代は・・」
「わが主の父君でいらっしゃいました。
先日、急にお隠れになられましたので」
ラウルはメモから目を上げ、
セバスチャンを見つめる。
「ローマ教皇の認可という後ろ盾
が必要なほど後継者争いが深刻・・
・・・というわけですか?」
「領地より遠く離れたこの地にいることが
その回答になりますでしょう?」
( 母国にいては、
あの少年の命も危ういのだろう )
と考えたラウルだったが、
先ほど会ったばかりの少年を思い描くと
何か不自然なものを感じてならない。
確かに、何かの翳を感じるが、
命を狙われてからがらに逃げている
少年にしては、何かが違うのだ。
もっと不遜で大胆不敵な態度・・
しかし、それは生まれの高貴さから
持たされたものかもしれない、
とラウルは思い直して、尋ねた。
「公爵家の由来はどちらですか?」
「ポーランドのシレジア地方、
リーシェンから
そう遠くはないところに、
公爵の大公領があります」
オレイニク家の相続についても
調べてみたいところだが、
その地方では政情不安もあって、
調べがつくかどうか・・・と、
ラウルは思案にくれている。
「それにしても、枢機卿への謁見など
毎日沢山あるはずですが?
しかも凶悪犯罪課の貴方が
こんな夜更けにまで--」
セバスチャンは表情一つ変えずに尋ねた。
作品名:永遠に失われしもの 第9章 作家名:くろ