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永遠に失われしもの 第9章

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 「大した壮大な設定じゃないか?
  後継者争いに巻き込まれた公爵だと?」


 シエルがバルコニーに立ち、
 ほのかに照らす月にむかって、問う。

 その声にこたえるかのように、
 黒い影が部屋のバルコニーの柵に
 飛び降りる。

 ラウル刑事が去っていくのを、
 ホテルの屋上の屋根から確かめた後に、
 セバスチャンが戻ってきたのだ。
 

 「私は何一つ嘘はついていませんよ」

 「実在すると?」

 「ええ、先代の公爵は
  確かに先週お亡くなりになられ、
  オレイニク家には、
  現在後継者争いが起きています」

 「ふんっ」

 
 何一つ自分に説明することなく、
 実在する設定の中に置かれて、
 やはり、セバスチャンの手の込んだ
 周到な嫌がらせか・・と、
 シエルは苦々しく思った。

 
 「お前は僕のしもべ、チェスの駒だ。
  勝手なことをするな!」

 「では、シエル・ファントムハイブの名で
  ホテルを取り直しますか?」

 
 意地悪な微笑を浮かべるセバスチャンに
 うんざりした顔で、
 もういいと手で合図するシエル。


 「どうして、あの刑事にエット-レ卿の
  いやらしい趣味の話までしたんだ?」

 「おや、魔力を使って、盗み聞きですか。
  お行儀が悪いですね」

 
 眉を顰めてわざとらしく
 困ったような顔をするセバスチャンに、
 シエルが食ってかかる。


 「お前だって、
  いつもしてただろうが・・」

 「もう何度も言ったでしょう?
  私は嘘はつきませんと--
  ラウルさんにもね。

  ぼっちゃんと違いますから」

 「ああ・・そうだったな
  そのお前の趣旨だか美学とやらのお陰で
  僕は容疑者第一候補だ。

  時間的にも、動機的にも」

 「ふふ、そうですね」


 セバスチャンの目が
 愉快そうに笑っている。


 「やっぱりお前楽しんでるだろ?」

 「いえいえ、それは」

 「打ち合わせ一つもしないで、
  刑事の尋問を受ける
  僕の身にもなってみろっ」

 「それで、少しはびくついて頂けたら
  良かったんですけどね。

  もうちょっと
  しおらしくしてくれないと、
  亡命貴族の感じが出ません」

 「なんだとっ!・・・・」

 「どちらにしても、
  打ち合わせをしてる暇など
  ありませんでしたよ

  自分が何をしていたか、
  もうお忘れで?」


 そういわれて、
 セバスチャンとの口吻を思い出し、
 シエルの耳までが薄桃色に染まった。


 「部屋に入りましょう。
  ここにいると身体が冷えますよ」


 というと、さっとシエルの躯ごと
 抱きかかえあげた。


 「これくらい独りで・・」

 「魔力を使ってしまったんでしょう?
  先程の続きをして差し上げます」

 「馬鹿、まだ飢える程じゃないっ」

 「じゃ、要らないのですか?」
 
 「ああ」

 「やっぱりぼっちゃんは、嘘つきですね」


 と、セバスチャンは優しくシエルを
 寝台に下ろした。

 
 「眠くもないぞ?」

 「ええ、寝かせるつもりもないです」

 「どういう意・・味・・?・・」

 
 シエルの頭を枕で固定して、
 セバスチャンの黒い髪が
 シエルに降りかかってくる。

 断っておきながらも、
 その甘美な一時の享楽を期待して、
 ゆっくり目を閉じるシエル。
 
 多分またその形の良い眉を寄せて、
 下唇を噛み、舌先を噛んでいるのだろう、
 一瞬セバスチャンの腕が強張ったのを、
 シエルは感じる。

 手袋が抜かれる音がした後に、
 セバスチャンの人差し指と中指で、
 シエルの閉じた唇が開かれて、
 甘く懐かしい血にまぎれて、
 漆黒の悪魔の舌が滑り込んできた。


 --忘我をもたらす一時の快楽
 たとえそれが最良のものだったとしても 
 不毛であることには変わりがない-