銀誕企画ログ
道程
寡黙な闇が幕を下ろし、少し湿り気を帯びた風が吹く中、ひらりひらりと舞ういろがあった。蝶の様にふわり、ふわりと靡く銀色は、月明かりが眩しい夜にもよく映える。
酔っ払っているのか、男の足取りは覚束無い。けれども意識ははっきりしているのか、その足は確りと目的地へと向かっていた。
男はそれこそ鼻唄でも唄い出しそうな位上機嫌で、脇目も振らず、右へ左へ傾ぎながらも歩を進める。
じゃり、と土を踏む音だけが、静かな夜に響いた。
「オイ、」
暗い闇に紛れて、漆黒の影が言葉を発した。
それに気付いて、銀色はにまん、と口角を上げる。そうして徐に手を差し出した。
「悪ィな。待たせたか?ウチのやつら寝かしつけるのに、ちょいと手間取っちまってよ」
闇に向かって発せられた言葉は謝罪である筈なのに、けれども纏う雰囲気がそれを台無しにしている。意図してそうやっているのは、一目瞭然だった。
姿を現した影は、あからさまに顔を顰めてその手を容赦なく振り払う。
その態度にされど銀色は気分を害した風も無く、けらりと笑った。
「何だってこんな深夜に呼び出されなきゃならねーんだ。冗談じゃねえ」
「まあまあそう言いなさんなって。明日は俺主役だからさ、一日忙しーんだよ。モテる男は辛いねー」
満更でも無さそうに紡がれる言の葉に、影は一つ、盛大に舌を打つ。ところがそれに益々気分を良くしたらしい銀色は、目を細めて影を見やった。
「だからさ、明日は一日拘束されんだよ。ガキどもも何が楽しいのか張り切っちまってよ。だから、無理なんだわ」
「……何の話だ」
「だから、ちょいとばかし早いけど仕方ねえ。今日の夜は、付き合って貰おうかと思ってよ」
「だから、何の話だと、」
「言い方変えようか?今夜はお前にくれてやるって言ってんだよ」
不遜に笑う銀色を、今直ぐこの場で蹴りたくってやりたい。そんな衝動に駆られながらも、影はそれを必死に耐えた。
「お前に、祝わせてやるよ」
随分と傲慢な物言いに、影はフンと鼻を鳴らすと不敵に笑んだ。
「何が祝わせてやる、だ。単にてめーが祝って貰いたいだけだろうが。ざけんじゃねぇよ」
「いやいやいや違うよ大串君。君が銀さんの事を祝いたいだろうなーと思ったからこう、ね、照れ屋な大串君の事を慮ってこうして会いに…」
「ほーう。なるほどテメェは俺にそんっなに会いたかったのか」
「ちっげーよ!大串君が当日俺の事を祝えないのは可哀相だなーと思ったから、ちぃーっとばかし気ィ利かしてやったんだよ。解る?俺のこの配慮!」
「解らねーな。そもそも頼んでねーし聞いてもいねぇよ」
「まあそんな訳で今日何か奢って下さい呑みに行こう」
「待てやオイ。人の話を聞けコラ」
「ホラ、大串君」
「だから大串じゃねぇって、……ッ!」
顔を上げたその先、銀色はやんわりと微笑んでいる。
その姿にどこか居た堪れなさを覚えて、影は小さく舌打ちをすると、顔を伏せた。
伸びてきた腕を今度は払う事無く甘受して、影は静かに目を閉じる。
暗い夜。人気の無い場所。冷たい空気。
その中で、ぽっかりと浮かび出される二つのいろ。
月明かりに照らされた銀色は、幻の様な輝きを放っている。
瞼の裏にそれを収めながら、影は胸の内でそっと祝辞を述べた。