銀誕企画ログ
甘やかな眠り
何の拷問ですか、と、その顔には顕著に表れていた。
それをざまあみろ、と思い、そして少しだけ、彼らは悲しくなったのだ。
彼らが上司の生誕日を知ったのは、一日前、つまり昨日の事だった。
偶然か必然か、過去に共に戦ったという桂にバッタリ街角で出くわし、そういえば、と話されたのだ。
桂にしてみれば世間話でも何でも無い話題なのだろう。然し彼らにとってそれは、これ以上無いほど衝撃的な話に他ならなかった。
神楽に至ってはどういう事だと掴み掛かり、終いには相手をボコボコに伸してしまった。
どうしてそういう大事な事を言わないのだ。
そう思いはすれど、そういう事を自ら吐露する上司では無い事を、嫌という程知っている。
歯噛みした所で事態は変わらず、金も無ければ時間も無い。それに何より、その張本人である銀時が、そういう事を嫌う傾向にあるのを彼らは熟知していた。
厳密に云えば嫌うというよりも、祝われる事に慣れていないのだろう。その所為か、彼はどうもそういった事に淡白で、関心をあまり示さなかった。
他人の事はそれなりに祝うくせに、自分の事となると疎かになるとは。
らしいと云えばそれまでだが、あまりといえばあんまりな事実に、助手の二人組は呆れ返って二の句も告げない。
結局熟考の末、彼らは何時も通りの日常を振舞う事にした。
彼らの上司は何より普遍を望んでいると思ったからだ。普段の彼からすれば、愕く程謙虚な望みだ。ただ、そこに在るだけでいいなどと―――。
そうして当日。結局おめでとうも何も言う事は無く、食卓は何時もの様に質素なままで、何事も無く刻は流れて一日が終わろうとしている。
このまま就寝、という所で、押入れに向かった筈の神楽が枕を腕に抱え舞い戻ってきた。
訝しげに見やる銀時を構う事無く、神楽はすっと横を通り過ぎ、ぼすん、と彼がこれから横になる筈だった寝床に転がり込んだ。
「ちょ、え?神楽ちゃん?え、ちょ、え?何してんの?」
ぽかん、と開いた口を惜しみなく晒しながら、呆然と神楽に詰め寄る銀時を見て、新八は冷たい眼差しを彼に送った。
「煩いですよ、銀さん。今何時だと思ってんですか。寝るなら早くして下さい」
それでも尚何かを言う銀時に、新八は容赦なく無言の圧力を掛けると、彼はいとも容易く従ってくれた。
ぼそぼそと何かを呟いているのは、矢張り年頃の少女と共に寝るのに抵抗があるからだろう。それは新八とて解らなくも無い。それでも、今日は、と思うのだ。
男が望む様に何時もの様に振る舞おうと決めた。けれども最後の最後で、それは叶う事はなかった。
彼が普遍を望んでいても、自分達は、祝ってやりたいのだ。せめておめでとうの一言でも言わせて貰えたらと、何度も強く思った。
それすらも言わせてくれない男に、だからとうとう耐え切れなくなった少女が暴挙に出てしまった。その強さを、新八は羨ましく思う。自分には到底出来ない芸当だ。
そうして序でとばかりに新八はそれに便乗する事にした。
言わせて貰えないのならせめて。
言葉の代わりに態度で示す、という事を、テレビか何かで言っていた様な気もする。言い訳など後から考えれば良いし、幾らでも後付け出来る。兎も角今は、それに乗っかる事にしよう。
新八は一人そう結論付けると、徐に布団から這い出し、銀時が眠る布団へと滑り込んだ。
「は、あ?!ちょ、しんぱ…お前まで一体どうしたってんだよ?!」
益々焦る男に満足して、新八は向かいに眠る振りをしている神楽をそっと盗み見た。
合わさった視線に互いに頷き、そして同時に、あらん限りの思いを込めて、目の前の男を抱き締めた。
頭上から聞こえる溜息は、諦めか甘受か。
それを知る術は無いけれど、せめて今日位は、穏やかな眠りを、と彼らは祈った。