After the party
ベイラインに促され、部屋の中央に置かれたソファに座る。案内された部屋は至ってシンプルだが、一目で一級品とわかる家具でそろえられていた。普段は客室として使われているのだろう。ソファと、いくつかのスツール。部屋の隅には小さいながらも立派にアルコールのカウンターも設置されていた。奥にはバスルームとベッドルームがあるのだろうが、リビングからはドアの存在しかわからなかった。窓からはミッドガルの夜景が見える。赤いテールランプが連なり、ミッドガル・ハイウェイを流れて行く。そういえばここも高層階だった。
「何か飲みますか」
「いや」
ベイラインはそうですか、というとカウンターに背中を預け、座っているルーファウスを見下ろした。
「あなただって、何をするかわかっていてついてきたのでしょう。違いますか。別に無理強いしたいわけではない。だから鍵もかけない。逃げたければお好きどうぞ」
「……」
「でも頭が良いあなたのことだから、ここを出ていくようなことはしないはずだ。これから先、ベイライン商事との繋がりが欲しいでしょう。あなたはまだお若いが、今から仲よくしておくことに早すぎるということはない。必要があれば私が口聞きしよう。大いに利用したまえ」
「随分と、勝手なことを言う」
ベイラインはルーファウスの隣に腰掛け、ルーファウスの白魚のような手を取り唇を押し付けた。じっと、上目遣いでベイラインはルーファウスの反応を見る。しかし、当のルーファウスは何の感情も含まない目で、ただただ見下すばかりだった。
「だがどんなことにも取引というものは必要なのですよ。君の身体に価値があるとわかっただけでもいいじゃないですか。こんなことは、君のお父上だって教えてくれなかったでしょう」
止めないことをいいことに、調子に乗ったベイラインはルーファウスの首筋にも唇を押し付け、キスをしてきた。このままだと冗談でなく押し倒されかねないだろう。さすがに気持ち悪くなり、ルーファウスはどん、とベイラインの胸を押し、立ち上がった。
「申し訳ないが、あなたの誘いには乗れない。ミスター・ベイライン」
「何故」
「手間がかかり過ぎるからだ。わたしならもっとスマートな方法をとる」
「どんな」
ガチリ。
いつの間に出したのか、ルーファウスの手には短銃が握られていた。銃口はぴたりとベイラインのこめかみに添えられている。少しでもルーファウスの指先が動けば、ベイラインの頭は打ち抜かれるだろう。今夜は客人が多い。騒ぎを起こしたくないのは誰もが思うところだ。ルーファウスに本気で撃つ気がないことは、ベイラインにもわかっていた。
「……残念だな」
ベイラインがふん、と鼻を鳴らして両手をあげ降参の態度をとる。ルーファウスも黙って短銃をしまい、ベイラインに乱された襟を正した。
「それでもセフィロスとは寝ているんだろう」
「男と寝る趣味がないだけです。彼とはただの友人ですよ」
つまらない噂話はルーファウスの耳にも入っていた。根も葉もないデマだった。自分はともかく不本意な噂に友人を巻き込むのは嫌だったので、蛇足ながらも釘をさす。
「残念です。わたしがもっと幼ければ、黙ってあなたに頷いて股を開いたでしょうが。悲しいですね、身体でしか関係を築けないというのは」
「しかしそれが最も確実で簡単な方法だよ。世の中、私のような紳士ばかりではないからね。気をつけたまえ」
「本当に残念だ。あなたとは建設的な話が出来るかと期待していたのに。それでは失礼します、ミスター・ベイライン」
ベイラインをソファに残したまま、部屋の出口に向かいルーファウスは歩き始める。ベイラインは振り向きもせずにルーファウスに向かって、声を投げかけた。
「そういえば、あの黒服はどこへ行った。いつも君の周りを取り巻いている男たちは。彼らがいれば、こんなことにならなかったろうに」
ルーファウスはその言葉に答えず、静かにドアを閉めた。
* * *
パーティーホールに戻ると、ウエイターから水の入ったグラスの受け取り、ルーファウスは一気に飲み干した。パーティーはいよいよ盛り上がりを見せている。もうさすがに来ているだろうと、目当ての男を捜すと、いた。長身かつ長い銀髪の男などそうそういるわけなどないから、見間違えるはずもない。お仕着せの黒い礼服を身につけている。似合わないことこの上なかった。見知らぬ女を二人、両脇に侍らせてホールの隅にいるのが見えた。
あいつ、何しているんだ。
人をかき分けて、まっすぐとセフィロスのところに向かう。正面からやってくる白いスーツの男に気付いたのか、セフィロスもおう、と声をかけた。
「おい、セフィロス。人寄せパンダのくせに何しているんだ」
「お前だって今までどこにいた」
探したんだぞ、とルーファウスを見下ろしながらセフィロスは言ったが、ルーファウスは眼を合わせようとしなかった。
「ちょっとな」
言葉を濁すルーファウスは無意識にか、首筋に手を伸ばした。眉間にしわを寄せて、何度か擦るようなしぐさをするのを、セフィロスはじっと見ていた。微かに指先が震えているように見えるのは、気のせいだろうか。
視線に気づいたのか、ルーファウスはセフィロスを見上げた。
「なんだ」
「いや、別に」
女どもを余所へ払うと、二人は壁を背にしてホールを見つめていた。ルーファウスとセフィロスがパーティーに揃ったとあって、隙があれば人だかりができそうだ。現に何人かがこちらを様子見しているのが分かった。あいつらに捉まればまた長い時間ここにいなくてはならなくなるな、とどちらともなく溜息がこぼれた。
「お前、親父には会ったか」
「一応な」
親父というのはプレジデント神羅のことである。一応上司からの命令でのパーティー参加だ。挨拶を済ませていれば、形ばかりでも参加したことになるだろう。プレジデントからすれば、セフィロスとルーファウスを並べて他の客人達に見せびらかしたい気持だったのだろうが、そんなことまで付き合いきれないのが正直な気持ちだ。華やかな女達だけならまだしも、つまらない年寄り達の話などまっぴらごめんだった。
「おいルーファウス」
「なんだ」
「このままパーティーを抜け出さないか。どうせわかりはしないだろう」
お互い、いい加減この無意味なパーティーに飽きてきたところだった。ルーファウスに断る理由はなかった。
「そうだな。ここには何で来た」
「車」
「なら好都合」
話が決まるが早いか、二人はすぐにホールを後にした。
フロントで車の鍵を受け取ると、ホテルの地下駐車場に向かった。
「ふん、いい車乗っているな」
「おかげさまで」
セフィロスの車は黒のスポーツタイプだった。もちろん二人乗りだ。迷うことなく身体を助手席のシートに滑らせ、ドアを閉める。バン、と誰もいない駐車場に音だけが響く。鍵を回すと、ブンと低くエンジンが唸りを上げた。振動も心地いい。
「これからどうする。どこかで飲み直すか」
「それなら私の部屋がいい。部屋にはないもないから、適当なところで店に寄ってくれ」
「オーケイ」
作品名:After the party 作家名:ヨギ チハル