After the party
アクセルを踏み込むと、車は静かにスピードを上げた。街はまだ喧騒に包まれている。夜はこれからだ。セフィロスの車は大通りに出ると、ミッドガル・ハイウェイのインターチェンジに向かった。
「セフィロス」
「何だ」
「ありがとう」
運転席のセフィロスを見て、ルーファウスはふふ、と笑った。
「何のことだ。それにお前に礼を言われるなんて、気持ち悪い」
「はは…わからないなら、いい。聞き流してくれ」
ハイウェイのオレンジ色の電灯が道路を照らす。週末ということもあってか、普段よりも幾分混み合っている。光の点滅が尾を引いて残像のように残るが、それが面白くて飽きずに窓の外ばかりをルーファウスは眺めていた。セフィロスも女をたまに乗せることはあっても、日常的に誰かを乗せるということはしない。不思議な気持ちでハンドルを握る。ちらりとルーファウスに視線を向けても、やはり首筋に手のひらを置き、顔を窓に向けている。窓ガラスに映った顔も、光源が小さなせいでよくわからなかった。
ラジオからは低音の女が歌うバラードが流れていた。心地いい。だが普段の自分達と比べたらあまりにも不釣り合いだった。同じことを考えていたのか、今まで静かにしていたルーファウスがくっくっ、と声を抑えた笑い声が聞える。
「何だ」
「いや、似合わないと思って」
「俺も思っていた。ラジオの選曲なのだから仕方ないだろう。俺の趣味じゃない」
「でも同年代の奴らなら、こんなものじゃないか」
あはは、とルーファウスが声に出して笑った。珍しい。笑うと歳相当の顔になるのだ。言うと怒られそうだから黙っているが、本当に可愛いのだ。口に出せない分、セフィロスは憎まれ口を叩いた。
「隣が女なら、もっとよかった」
「悪かったな、男で」
* * *
窮屈な礼服は部屋に入ってすぐに脱いだ。ワイシャツ一枚とスラックス姿になり、首元を緩めるとようやく一息つけた気持ちになる。脱いだ上着を貸せ、とハンガーを持ったルーファウスがセフィロスに対して手を伸ばした。脱いだままにしておかないあたり性格が出るのだな、と思う。
「この家、いつ来ても冷蔵庫の中に水しか入ってないな。普段、飯、どうしているんだ」
「外で済ませている」
勝手知ったる他人の家、というようにセフィロスはルーファウスの自宅の冷蔵庫を開けて覗きこむ。見事にボトルに入ったミネラルウォーターしか入っていなかった。
「家から出ない時だってあるだろう」
「食べない」
「お前な」
どかりとソファに座ったルーファウスは、ふふ、と笑った。
ルーファウスのマンションは五番街の中でも零番街、つまりミッドガル中心部に一番近い地域にあった。高級マンションが乱立する、ミッドガルの中でも資産家が多く集まる地域である。窓からは目の前に神羅ビルが見える。この部屋の場所も三〇階は越えている。部屋はごくシンプルな造りで、男の一人暮らしには十分だ。部屋だけは無駄に広かったが、リビングにはソファとテレビと、お飾り程度に背の高い観葉植物の鉢が置かれていた。名前は知らない。モノトーンで統一されていて、普段のルーファウスの格好と同じだった。
この部屋で食事をしないというのは本当だろう。キッチン周りもまるで生活感がなかった。ここに来る前に立ち寄った深夜営業の店で、缶ビールとスナックを買ってきたのを思い出し、袋を漁る。適当にローテーブルに広げると、ルーファウスはすぐ手を伸ばしてきた。プシッと炭酸の抜ける音がする。缶ビールの蓋を開けるとルーファウスはすぐに口をつけた。セフィロスもルーファウスと同じソファに座り、缶のプルタブを開けた。
「ならランチでも、ディナーでも。お前が私を誘えばいい」
「本当に迎えに行くぞ」
「いいよ。お前が来るなら、都合つける。いつでもいい」
何でもない、というようにルーファウスは言った。お互い忙しい身だ。どれくらいの確率でそれが叶うのかと考えると、はるか先のことのように思える。
「ツォンがうるさいだろうな」
「ほうっておけ。あんなの、ただの監視役だ」
ぐい、と缶ビールを飲み干す。どんなに高級な料理屋で最高のワインを飲んだって、こうしてセフィロスと飲む缶ビールの方が何倍だっておいしい。他愛のない話をしているだけなのに、この満足感は何だろう。
不意にセフィロスがルーファウスに近づき、あの男からキスされた首筋の場所に重ねるように唇を這わせた。
「ふふ、何」
「見えるところに残されてはな」
「……なんだ、わかっていたのか」
そんなつもりないのに。相手はセフィロスなんだから怖いことなど何もないのに。身体というものは正直なもので、少しだけ震えた。
「キスだけだ。安心しろ」
「わかってる」
震える身体を押さえつけるようにセフィロスはルーファウスを抱きこんだ。ルーファウスが目を閉じてふぅ、と深呼吸をひとつすると、セフィロスはそっと離れた。
「好きでもない奴にキスされて、気持ち悪かった」
「あたりまえだ」
「セフィロス、怒っているのか。意外と嫉妬深いのか」
「独占欲といってくれ」
その言葉にあはは、と声をあげてルーファウスは笑った。
「言っておくが、おれは誰の者にもならんぞ。親父のものにも、会社のものにも」
「俺の物にもか」
「そう。お前はおれのものだが」
「欲深いな」
「独占欲といってくれ」
セフィロスに同じ言葉を返し、お互い笑った。
* * *
朝日がミッドガルの街を照らした。マンションよりも高いものなど近くには神羅ビルぐらいしかない。ルーファウスの部屋の中にも、朝日が降り注いでいる。ルーファウスは目覚ましを止めると、さっさとバスルームに姿を消した。時間にはきちりとしている男なのだ。セフィロスは今日はオフの予定だが、ルーファウスはいつも通り仕事なのだろう。初めからパーティーの予定が分かっていたのだから、次の日は休みにすればよかっただろうにと思う。届けられた新聞を片手にソファに行くと、昨晩飲み散らかした缶ビールやスナックの袋が散らばっていた。ルーファウス本人が片付けるとは思わないので、適当にキッチンにあるごみ箱に投げ込む。片付けの駄賃代わりにコーヒーの一杯も頂こうかとキッチンの棚周りを見たが、インスタントコーヒーさえ見つからなかった。高そうなコーヒーメーカーは堂々と鎮座しているのに。カップだってソーサー付きで揃っているのに、肝心のコーヒーがなかった。信じられない。仕方ないので、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを一本取り出した。
八時ちょうどにルーファウスの部屋の端末が鳴った。
おそらくタークスのツォンだろう。いつもルーファウスの背後に控えている黒髪の男だった。ルーファウスから時間になればツォンがマンションの玄関まで迎えに来ることを聞いていた。立ち上がって端末の置いてあるテーブルに近づく。勝手に端末を開くと、そこには黒服の男が映っていた。黒髪のオールバックの男。
『失礼します。ルーファウス様、お迎えにあがりました』
やはりツォンである。週末なのに仕事とはご苦労なことだ。
「ツォンか」
『……セフィロス。ここで何をしている』
作品名:After the party 作家名:ヨギ チハル