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桃菊log

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ビターな関係




「はーい、はっぴーばれんたいんー」




寒風吹き荒ぶ二月の半ば。
陽は大分長くなったとはいえまだまだ春とは云い難く、ともすれば吐く息は霧の様に白い。
そんななか、元気良く、しかし何処かかったるそうに部室のドアを開け、開口一番そう言い放った一つ上の先輩――菊丸英二は、言うが早いか部員全員を周りチョコのおこぼれ、所謂彼の姉達が作った残り物と思わしき物を配って歩いた。
彼曰く、華々しいイベントに参加出来ない侘しい者達に救済を、との事。
気持ちは分からないでもない。
この時期大量に頂くチョコレートという嗜好品に、少なからずも恐怖を抱くのは何も彼だけではない。
どうにかこうにか理由をこじ付け、早々に抹消したいと思うのはどうしようもない事だろう。
―――半端じゃないのだ、量が。
どんなに甘い物が好きだと豪語していても、こればかりは別問題だ。
学校で嫌と云う程のチョコを貰って、その上家に帰れば姉が作ったチョコの残骸が待ち受けているというのは、悪夢としか言いようが無い。
校内で貰ったものをその場で処分する訳にもいかないだろうし、ならばせめて残り物だけでも早めに手を打たねば、と思うのは致し方ないと思う。
だがしかし。

「俺も一緒くたなんスか…?」

思わず漏れた本音を耳聡く聞き付けた彼の先輩は、眉間に皺を寄せ、

「当たり前だろ。野郎からチョコなんぞ貰って嬉しいのか、お前は」

正に一蹴。
確かにその通り。その通りなのだけれど、其処はソレ。
同じ男なら、この微妙で些細なオトコゴコロというものを、どうか解っちゃあくれませんかね?
そう言外に含めて視線を寄越せば、呆れ返った表情が。

「お前さ、俺にあの女子達がわんさか群れてる戦場に出向いて来いって?野郎一人で?冗談じゃないぞ。逆の立場、考えてみろ」
「オネエサン方と一緒に行けば良いじゃないですか」
「ほーお。そうきたか。なら正に『逆の立場を考えてみろ』だな」
「…どういう意味っスか」
「正にそのまんま言葉通り。お前が俺から貰いたいっつーんなら、俺もお前から是非とも頂きたい。買ってくる?」
「何か違いません?」
「違わない。お前も俺と同じ男なら、少し位は解んだろ」
「…うぐ」
「ほーれみろ!妹でも連れてきゃ、別にあの場に紛れたって違和感無いだろ?」

な、桃。
満面の笑みでそう云われてはぐうの音も出ず。
参った滅入った、たかが一年されど一年、正にソレ。
彼の方が、一枚も二枚も上手だった。
はああああと肩を落して深い溜息を溢せば、隣でもはあ、と駄々を捏ねる子供をどうしようかと、思案しているかの様な溜息。
その気持ちは、解らないでもないんですけどね。
苦笑と共に顔を上げれば、ちょっと待ってろと徐に告げられた。
何事だろうと首を傾げる暇も無く、彼は部室を足早に出て行ってしまう。
その場にぽつんと取り残されること10分弱。

「ホレ」

渡されたのはホットココア。
走った所為か寒さの所為か、はたまたそのどちらも違うものか。
それを知る由は無いけれど、彼の頬はほんのり赤く染まっている。
チョコは無理でもココアなら。
些細でけれども特別を感じさせる贈り物。
チョコレートよりも甘さの足りないその飲み物は、けれどもほんのり心を染めて。
胸の奥底、僅かなぬくもりを残してふわりと香る。
矢張り彼の方が一枚も二枚も上手だ。
くつくつと笑いを溢し、不敵な笑みを目の前の男に向ける。



「お返し、何が良いっスか?」


まだまだ寒風吹き荒ぶ、寒い寒いある日の出来事。


end.

作品名:桃菊log 作家名:真赭