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桃菊log

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BLOOD ORANGE




かさりと包みを開けば、紫とピンクを混ぜ合わせた様な物体が、ころりと姿を現した。
香料の匂いがつんと鼻腔を刺激して、口に含めば子供用の薬の様な香りがより一層濃くなった。
ビターだと銘打っている割には大して苦くも無いチョコレートを、ころり、ころり、舌先で転がしながら、仄かに広がるオレンジの味を堪能する。
けれども何か気に食わなくて、がぶりと噛んで咀嚼した。
余計に酷くなった甘酸っぱい風味に眉を顰め、苦々しく思いながらもまた、新たに包みを開く。
そうしてまた現れる、毒々しい色をした、一口サイズのチョコレート。
昨日食べた果実は、あんなにも赤い色をしていたのに。
同じ「オレンジ」でもこうも違うのだなと、何処か遠く、頭の隅でそんな事を思った。





「もーもちん!なぁーに食べてんの?」

矢鱈と明るい音が赤い色と共に、頭上へ降り注いだ。
手元をマジマジと覗き込み、チョコレート?と呟く声に、一つどうかと目だけで尋ねる。
細いけれど骨ばった手が目の前を通り過ぎ、包みを一つ、摘み上げる。

「ブラッドオレンジ?」

個包装されたものに印字された文字を読み上げながら、その手で中身をぽい、と無造作に口へと放り投げる。
それを目で追いながら、昨日食べた果実を思い出す。
滴るような果汁と弾ける様な果肉は瑞々しく、容易に太陽の光を目一杯浴びたであろう事が窺い知れた。
そして何よりも目を引く、その色―――。

「何これ、血って綴りなんだけど」

訝しげに問う声に、ああ、と意識を目の前の色に戻す。

「ブラッドオレンジって、真っ赤な果肉が血を連想させるんで、こんな名前になったそうっスよ」
「うえ、マジ?向うの人の感覚ってよく分かんないね」
「そうっスねー。でもこのチョコ、オレンジっていうより、良くてピンクグレープフルーツ辺りでしょ」
「あーそんな感じ。全然赤い色じゃないし。つか、色グロイ」

先輩、それは言い過ぎでしょ。俺、思っても其処まで言いませんでしたよ。そんな他愛も無い会話をしながらも、意識は真っ赤なソレに。
連想ゲームの様に連なる思考。
赤い髪紅い果肉あかい血、全てが―――赤。
滴り落ちる蜜は赤い血の如く、弾けるような果肉は極上の、
ああ、貴方もそんな味が?
愛情の極致はカニバリズムだと誰かが言った。
食べて屠って喰い尽くして。
やわらかな肢体に、流れる血潮は、さぞや美味しい事だろう。
全てを喰い尽くせたらどんなにか。
ああ、ああ、貴方を頂戴と、



「桃?」

覗き込まれてさえもこの眼に映るは赤い色。
不機嫌に寄せられた眉が、誰を見てるのと問い質す。
温かな体温もドクリと流れる血の流れも全て全て、貴方が貴方である所以。
滑らかな肌もその声音も曇りの無い瞳も、全て凡て総て。
ああ、ああ、貴方を頂戴と、


変化の無い毎日を嫌い、感情の起伏は激しく、根は楽天的。
赤い色にはそんな意味合いも含まれていた事を思い出す。
正に目の前のこの人の様だと、くつりと哂った。
噛み付くように唇を押し当て、この衝動を遣り過ごす。
ああ、ああ、貴方が欲しいのです。
この上なく、欲しているのです。




「ああ、桃。それはまだ、」

するりと抜け出た身体に苦笑して、かさりと包みを一つ開けた。
紫ともピンクとも付かない色は、矢張り極上には程遠い味だった。


end.

作品名:桃菊log 作家名:真赭