桃菊log
貰えないチョコレート
「ハイ、桃!」
差し出された手を見て、呆気に取られる。
「……何スか、これ」
「何って、人形。の、ストラップ?ん?キーホルダー?ま、いいや。そんなん」
「そんなんって…」
ころりと掌に転がるフェルトで作られた(ご丁寧にも、中身に綿が入ってる模様)手作りストラップ、をじいと眺める。否、それしか出来ない、といった方が正しい。
「器用だろ、俺って。我ながら上手く出来たと思うんだよね」
誇らしげに笑う姿に、何も言えず唯そうですね、と頷いてそれを受け取った。実際それは、本当に上出来だったのだ。
「んじゃ、次は桃の番。休み時間終わっちゃうし、早く頂戴」
急かす様に手を伸ばし催促する姿に苦笑し、どうぞ、と買っておいた、正確には妹に買わせておいたチョコレートをやる。
自分だけやるのも、貰うのも嫌だ。
バレンタイン直前、彼はそんな事を言い出した。突飛な事を言い出すのは何時もの事。そうですか、とだけ返して昼飯であるパンに齧り付いた。そうして彼は、
だから今年は、俺もやるしお前もやる。そうしよ?
それだけ言い残し、疾風の如く去って行った。俗に云う、言い逃げだ。
別に反論は無かったし(そもそもさせてくれる様な人じゃない)準備するのに多少手間取ったが、それなりに楽しみにしていた身としては、これ如何に。
「ストラップ、ねぇ…」
ついポロリと零れた言葉に、しまったと顔を顰める。遅いとは分かっていても、出来るだけ取り繕おうと、慌てて目線を上げると、そこにはにんまりと笑う少年が居た。しまった、と思った、けれど、時は既に遅し。
「ざーんねんでーしたっ。桃相手に、チョコなんてあげないよ」
窓枠に凭れ掛かり、上目に見上げてくる不敵でふてぶてしい笑顔に、悔しさが募る。彼がそう言い出した時点で、気付くべきだった。
「お前相手に、そんなセオリー通りの事やって堪るかっての」
予鈴が鳴る。
目の前の赤毛の少年はゆっくりと身を起こし、やわらかく、唯やんわりと微笑った。
「手作り、だかんな。大事にしろよ」
大丈夫。髪の毛仕込んでたりとかしてないから。
余計な一言も付けて、去って行く。またしても、言い逃げだ。
「畜生」
―――やられた。それは、苦くて甘い。
ぎゅうと掌、ストラップごと握り締めて、既に居なくなった背中を睨め付ける。
「次は、容赦しませんからね」
この日にお互い貰うというなら、来月だってお互いやらねばならない事を、きっと彼は承知の上だろう。本当に、どうでも良い事には頭の回る人だと思う(そしてそれを好ましいと思っている自分は、相当重症だとも)
「勝負は持ち越しって事で。―――リベンジ、させて貰いますよ」
負けず嫌い同士は、こういう時にすら勝ち負けを気にし、勝負を持ち出すのだからどうしようもない。けれどそれすらも。
そう思って微笑んで、そっと人形に口付けた。
end.