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桃菊log

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体温





そのてのひらはひどく、




パシンと渇いた音が響いて鼓膜を揺らした。
勢い良く弾かれたソコは熱を持ってジン、と疼く。
叩かれた掌を見やって、唯ぼう、と桃城は菊丸を驚愕の眼差しで見詰めた。
燃え盛る炎を瞳の内に宿して桃城を睨め付ける菊丸を見て、あああの綺麗な髪と同じ色だと、茫洋とした頭の隅で、そんな事を思った。
それ以来、桃城は彼の髪には触っていない。


手を広げて閉じて、そうしてまた広げて、己の掌を、節を、まじまじと見詰める。
ごつごつとした固い掌は、成人男性のそれと比べると遥かに見劣りするものだが、けれどもれっきとした、男の掌だった。
掲げてもう片方の手で節をなぞって、それを確かめる。
女性の様な滑らかさも柔らかさもないソレを、菊丸は密かに気に入っていた。
寧ろ、自分も相手もそうでなくて良かったとさえ思っている。

「英二?」

呼ばれた声に振り返ると、そこには綺麗に着飾った姉が、不思議そうに此方を見ながら佇んでいた。
これから出掛けるのだろう、ころころと笑う姉をじいと眺めて、そうして徐に、菊丸は手を差し出した。

「姉ちゃん、手」
「なあに?」
「手、ちょい貸して」

訝しげに自分を見る姉に気付かぬ振りをして、些か乱暴に手を握る。
小さく細い、柔らかな手だ。
温かな掌は自分の手にすっぽりと収まって、ぴったりと合わさった薄皮一枚が、何とも知れぬ心地好さを伝える。
しかし直ぐに頑なに結ばれた指をするりと解かれてしまい、あ、と思った時には、その手は頭上へと伸びていた。
上から下へ。
ゆっくりと髪を梳かれて、菊丸はまどろみの世界へと旅立つ。
骨ばった固い感触よりも、姉の、女性の滑らかな手で撫でられた方が、数倍気持ちが良い。
それは安堵にも似た感情。

「はい、お終い」

ペシリと額を叩かれて、そうして漸く我に返り恨みがましげに姉を見詰めると、ゆるやかに笑む視線とぶつかった。
行って来ます、と朗らかな声で言う姉に、くしゃりと笑い、

「俺、姉ちゃんの手、好きだよ」

告げる。
少し驚いた後、矢張り笑顔で知っていると言って、彼女は家を後にした。
そうして姉を見送ったその数時間後、燦々と降り注ぐ陽の下のもと、菊丸は用も無いのに桃城の家の前まで来ていた。
きゃいきゃいとはしゃぐ弟を構い、そしてその光景に膨れる妹をあやす男を、何とはなしに遠目に観察する。
暫くそうして眺めて、ざり、と砂を踏んで一歩進む。
じゃり、じゃり、と歩く度になる音に、桃城が気付く様子は微塵も無い。
かしゃりと門に手を置いて、その音で漸く桃城は菊丸の存在に気付いた。

「あれ、先輩?って、え?どうかしたんスか?」
「んー、別に用って程でもないんだけど…。強いて云うなら、これから俺とお出掛けしない?」

瞬間、瞠目した男に急用じゃないからダメなら良いのだと、一歩引いた姿勢を見せた。
目の前の男はこれに弱い事を、菊丸は熟知している。
予想通り二つ返事で諾と応えた桃城に満足して、温かな陽射しに揺られながら菊丸は門に寄り掛かった。
急に遊び相手を失った子供達は不平不満を溢しながら、それでも申し訳なさそうな笑顔とくしゃりと頭を撫でられる心地好さに負けて、渋々了承したようだ。
(ごめんね)
そう心の内でぼやいても、それは本心では無い事を、嫌という程自分は知っている。
撫で繰り回されてくしゃくしゃになった髪の毛を整えながら、二人の子供はいってらっしゃいと笑んだ。
つられた様に笑顔で応えを返し、同時に頭に置かれた大きな手に、子供達は嬉しそうに笑う。
その光景を、羨ましいと思う。
桃城の手を、菊丸は好きだった。その手で撫でられる事も。けれど、
(欲しいものは、そんなんじゃないんだ)


「お待たせしたっス」
「いいよ。こっちも急だったしね。それよか、ホレ」
「……何スか、これ」
「手だよ。ほら、お前も出せ」

恐る恐る出された掌を鷲掴み、舐める様に見た。
まめが潰れて堅くなった、お世辞にも触り心地が良いとは云えない代物。

「先輩?」

自分の手を掴んだまま押し黙ってしまった菊丸を訝しげに思い、徐に空いている方の手を伸ばす。
そっと触れた頬に、さらりとした髪が指先にあたり、くすぐったさを訴える。
そのまま髪を梳こうと動かした瞬間、パチリと手を叩かれ離された。

「俺、それ嫌だ」
「は?」
「お前、俺の事年上だと認識してないだろ」

挑むように投げ掛けられた視線は、しかし裏腹に泣き出しそうな表情の所為で、その威力を発揮出来ずにいる。
そうして桃城は漸く、その言葉と今迄の行動とを結び付け、納得したかの様にああ、と呟いた。

「別に、そんなつもりはなかったんですけどね」
「嘘こけ。撫で方一緒だったぞ」

にべもなく返されて、桃城は苦笑するしかない。
そんな彼を他所に、菊丸はがっちりと手を掴み、自分の手と合わせた。

「あんま良い感触じゃあ、ないっスよね」
「男の手なんて、そんなもんだろ」
「まあ、確かに。触り心地良くても引きますけど」
「だろ?俺は、こっちの方が良い」


「こっちが、良い」

ぎゅうと強く握り締められ、その力強さに、桃城は僅かに眉を顰めた。
彼には本当に、そんなつもりは無かったのだ。
しかし気に障ったのならば仕方が無い。
それに自分は知っていた筈だ。彼が酷く己の立ち位置を気にするという事を。
それは大家族の末っ子故の性分なのか、常に上から見られる事を当たり前として過ごしてきた彼は、懐に入れた人物には己と同等の高さを求める。
弟や妹と同じ様に、いわば家族と同じ扱いをした気も覚えも更々無い。
けれど末っ子らしからぬ、否、だからこその鋭さで、あの行為がそう取られたのならば、多少の非はこちらにあるというもの。

「先輩の我侭は、今に始まった事じゃあ、無いですしね」

そう言って笑うと、にやんと笑みが返された。
末弟ならではの強かさも、既にお互い承知の上である。
ああでも、

「偶には髪、触らせて下さいよ」
「何で?」

きょとんと幼子の様な顔をする菊丸に、今度は桃城がにやりと笑い返す。

「だって先輩の髪、触り心地良くて好きなんスよ」

そう言うが否や盛大に噴出した菊丸を見て、どうスかと目線で尋ねてみる。
長男ならではの狡猾さも、互いに了承済みだ。
赤毛の少年は仕様が無いなあと業とらしく溜息を吐き、年下の我侭も聞いてやるのが年上の役目でもあると言わんばかりに尤もらしく振る舞いながら、

「そんくらいは許してやるよ」

と、ふわりと微笑った。


end.

作品名:桃菊log 作家名:真赭