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背中ヘのキス

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 悩んでいるうちに、水谷が栄口の背中へ回りこんでしまった。まぁ付き合ってやるかなぁ。そんな軽い気持ちで栄口は妥協した。
「書くぞー」
「おーよ」
 ワンパターンな水谷のことだ、多分栄口の『さ』か、勇人の『ゆ』でも書くんだろうな。栄口は大体の予測をつけながら、いつもより背中へ神経を集中させた。けれど指が滑るような感触は全然してこない。
「あれ? 書いた?」
「ま、まだ……」
「簡単なのにしてくれよ」
「いや、いざとなったら、なんか……」
 何だっていうんだ。こんな些細な遊びで文字ひとつ選ぶだけだ、悩むようなことだろうか。向こうでわっと歓声が上がる。どうもゲームの勝者は西広らしく、悔しがる巣山が早速再戦を申し込んでいる。
「おお〜、西広すげーな……」
「なぁ、オレ服着ていい?」
 いい加減肌寒くなってきた栄口は、背後にいる水谷へそう告げた。自分もさっさと着替えを済ませ、なるべく皆と一緒に帰りたい。
「わっ、わかったから! 今やる!」
 別に無理に書かなくてもいのに、と栄口は思い、目の前にある壁の色を眺めた。誰かが蹴ったのか靴跡がついている。そのまま視線を窓際へ移動すると、外が暗いせいで、蛍光灯に照らされた部室の様子が不明瞭に映っていた。近くにいる栄口と水谷は表情がわかる程度に、奥で巣山と西広を観戦しているほかの部員はぼんやりと、薄汚れた窓の中にあった。
 窓に映るその姿を見るに、水谷はまだ悩んでいる。早くしてくれないだろうか。栄口がそう言葉をかけようとしたとき、水谷の首の付け根が傾いた。栄口が暗い窓から得た情報は、文字が書きやすいようにと丸めた背中へ顔がくっ付いていることと、肩甲骨と肩甲骨の間に茶色い毛だまりがあることくらいだった。
 しかしもっと大事な事実が背中の皮膚から伝わってくる。一部分だけ妙に熱い。額でもなく、指でもなく、もっと柔らかい何かが背中にある。
 もしかして水谷が自分の背中へ当てているのは唇なんだろうか。
 そう思い当たると、栄口は前触れもなく後ろへ振り返った。なんだか異様に怖くなって、今すぐにでもやめて欲しかった。
 でも水谷へ向き直ったら、あっという間に恐怖感は消え去った。だから栄口の中に残ったのは疑問だけだったけれど、「なんで?」も「どうして?」も言えなかった。なぜなら水谷の顔に答えが全部書いてあるように見受けられたからだった。
「い、いや、その……」
「……?」
「だからさ、あの、今のがさ……」
 どもるな。困ったような顔すんな。諦めてうつむくな。水谷の様子を見ると叱責の言葉がぽんぽん頭の中へ浮かんでくるのに、何一つ口に出せない。水谷がぼそぼそとつぶやく意味を成さない単語から、栄口は何かを読み取ろうとする。けれどより困惑してしまうだけだった。
「お、おれはさ……」
「水谷?」
「オレはっ、栄口、オレは……!」
「……」
「オレは……帰る!」
 声高に宣言したと思ったら、水谷は床にあった荷物をかっさらい、突風が吹き抜けるかのように部室から出て行った。ものの数秒の出来事だった。あいつはいつもだらだらしているから、今のは三倍くらい手際が良かったなぁ、と栄口は感心してしまった。
 いや、それどころじゃないんだけど。
 でも心のどこかで『その程度』にしておきたい自分もいて、次第にああでもないこうでもないと喧嘩し始める。
 背中へ唇をつけるなんて、水谷は一体どういうつもりなんだろう。単なるいたずらで、からかっているだけなのかもしれない。
 だとしたらさっきの反応は何なのか。水谷がおどけて冗談のひとつでも言えば、栄口だって「バーカ」と言い返せた。だったらもっと早いうちに何してるんだとつっこめばよかったのだろうか。それは結果論に過ぎない。
 わからない。わからないけれど、水谷が自分の背中に口付けしたのは事実だった。
 くちづけ。ひぃ、と栄口は心の中で小さく悲鳴をあげ、同時に「やめてくれ」とうな垂れた。その語感が嫌だった。なんだかとんでもなくとんでもないことをされてしまったみたいじゃないか。栄口はより混乱した。
 違うだろあれは、違う違う自意識の問題だ、くちづけとかそんな大層なものとは違ってて、もっとこう、違った感じの、軽い感じの、言葉にするなら多分、
 キス。
「ぎゃー!」
 堪えきれなくなった栄口はとうとう叫んでしまった。ついでに自転車の前輪が電柱へぶつかって、陰に隠れていた猫が一目散に逃げていく。
 部の皆と別れてからずっと考え事をしていたせいで、あまりよく前を見ていなかった。人気の多いところでこんなことをしたら完璧変な人だった。今日は帰りが遅くて本当によかった。栄口は再度自転車をよろよろと漕ぎ出す。

作品名:背中ヘのキス 作家名:さはら