そして愛に至る
いつも婉曲でこんがらがっていて、ゾロには理解不能なサンジの言葉が、今日は珍しく真っ直ぐにゾロに届く。ゾロは感慨深い気持ちでひとつ、息をつく。そして次の言葉を待つように、サンジの髪の毛を緩く撫でた。
「いつだったか、まだ俺が船に乗ったばかりのときさ、ナミさんの提案で船の食糧調達のために海に潜って魚を捕ろうってことになって、お前と二人で海に潜ったことあっただろ?」
ゾロの胸から顔を起こしたサンジは尋ねる。
「ああ、覚えてる。くじ引きで負けたんだよな」
「そうそう。俺、お前より大きい魚捕ってやるってはりきってさ。銛を持って泳いでいくうちに結構深いところまで来ちまって、気がついたら俺一人で船のある方向を見失っちまってたんだ。水温は冷たくてどんどん体は冷えるし、視界は薄暗いし、大きな魚の影だけが周りをうようよしてて、息を吐くたびに怖くなってきてよ。とりあえず海面に出ようと思ったら足が痺れて動かないんだ。ああ、やばいなって思ったよ。巨大なものに飲み込まれそうな感じって言ったらいいのかな。ああ俺、海の中にたった一人なんだって思ったら、急に恐怖に押し潰されそうになった」
ゾロの肩越しに遠くの空を見つめながら話すサンジの真意がわからず、ゾロはその青い瞳に映る雲を見つめる。ふっとそんなゾロを見返して、サンジは話を続けた。
「・・・足はますます痺れて、頭は水圧でがんがんしてきて、いよいよまずいなって思ったとき、海面のほうをふりあおいだらお前が俺の上を泳いでるのが見えたんだよな。あ、ゾロだって。すげぇほっとした。それでお前も俺に気づいて、上がってこいよって手で合図しただろ。そしたら急に体が軽くなってお前のいるところまで泳いで行けたんだ」
「でも水面に出たところでお前、足つったとか言い出して、結局俺が引っ張って船まで泳いでいったんだろ」
「そうそう、二人で散々言い合いしながらさ」
「魚、一匹も釣ってこなかったってナミに二人で殴られてよ」
「はは、何か懐かしいな。すげぇ昔のことみてぇ」
「そうだな」
「・・・俺たちどうしてあのままでいられなかったんだろうな」
サンジは足元に視線を落として呟く。
「悪いが、俺は始めからお前に触りたいと思ってたぜ」
目の前で揺れる、サンジの形のよい旋毛を見つめながらゾロは言った。
「よく言うぜ。最初に俺が誘ったとき拒んだくせに」
「べろべろに酔ってボロボロ涙こぼしながら抱けよって言われてもそりゃあ、躊躇するだろうよ」
「おい!俺の人生の汚点を思い出さすなよ。あん時は・・・ちょっと混乱してたんだよ。色々考えすぎてよ」
「お前、得意技だもんな」
「黙れ。据え膳蹴ったわりにはその三日後に随分ねちっこい抱き方してくれたじゃねぇか」
「喜んでたろ、お前も」
「どうだかね」
「・・・後悔してるのかよ、俺とこうなったこと」
「さあな。・・・してねぇって言えば嘘になるな」
「俺はしてねぇぜ。これっぽちもな。何度あの時に戻ったって、何度だってお前を抱くさ」
「お前、よくそういう恥ずかしいこと言えるな」
サンジはそう言いつつも、くしゃりと照れたように笑った。
ゾロの率直な言葉はいつもサンジを救う。深い夜の底に沈んで語られなかった思いも迷いも涙もすべてが無駄ではなかったと、自分を許せる気になる。思えば最初からそうだった。
今でもはっきり覚えている。痺れる足の痛みを堪えて、ゾロに引っ張られながら船へ向かった日のこと。泳いでいるうちに夕方になって、海の上を赤い光の道が水平線に沈む太陽まで続いていた。それを二人で黙って見た。始まりの予感に、サンジの胸は微かに痛んだ。今ならわかる。二人を強く結びつけていたものが、最初の時から確かにあったこと。
「今夜、出航だって」
「ああ、さっきナミに聞いた」
「だから、それまで二人で街に出ねぇか」
サンジは再び、ゾロの瞳を見る。
「街に出れば真っ白いシーツのある明るい部屋ぐらいあるだろ」
そう言って、ゾロの腕を解くと膝を立てて立ち上がった。
「俺もお前のこと見たいよ」
そっと、ゾロの頬に伸ばした左手で触れる。ゾロは少し目を細め、サンジを見上げている。
彼は踵を返すと木製の手すりに足をかけ、見張り台から降りていった。
最初に部屋に足を踏み入れたサンジの後ろで扉の閉じる音がした。
「へえ、そんなに悪い部屋でもねぇな。連れ込みのわりに」
サンジは部屋をゆっくり見回す。向かいと右側の壁にある小さな窓は閉じられていて、しっかりとカーテンがかかっている。昼間の明るい光で部屋を満たすために、窓に近づこうとしたサンジをゾロの腕が後ろから抱き締めた。
「おいおい、がっつくなよ」
「・・・どうされてぇよ」
ゾロはサンジの首筋に顔を埋めて言う。
「何が」
「お前がしたいこと、しようぜ。今日は。何でも」
「・・・・じゃあ、キスしろよ。さっきの続き」
サンジの要求に、ゾロは腕を解いてサンジの体を反転させた。向き合あう形で立つサンジの目は、深い湖の表ような静かな青色をしている。指で彼の左目にかかる前髪をよけると、ゆっくりとゾロはサンジの額に唇を落とす。そっとサンジの目が閉じられる。ゾロは伏せられた左の瞼に親指で触れ、そこにも唇をあてる。次は右の瞼。金色の短い睫が微かに震えている。
「やっぱお前は天然のタラシだよ」
彼の頬に転々と唇を当てているゾロに、サンジは言う。ゾロは答えずに言葉を洩らしたサンジの薄い唇にキスをする。
角度を変えて、何度も何度も触れるだけのキスが繰り返される。
サンジの体の奥に、温かい水が満ちていく。心臓がとくんとくんと一定のリズムで打っている音だけが聞こえる。もしかするとゾロの心臓の音なのかもしれない。わからない。 男の触れた部分がゆっくりと熱を持ちはじめる。
ゾロは舌の先でサンジの唇に触れている。右手はサンジの肩に、左手はこめかみのあたりに添えられている。その左の指がゆっくりとサンジの耳に落とされ、縁を辿る。思わず吐息を洩らして開いたサンジの唇のなかに、熱い舌が入ってくる。そのまま唇を押し当てるようにして、本格的な口づけが始まる。ゾロの舌は唇のなかを辿り、歯列を割り、サンジの赤い歯茎の内側を辿る。同時にその唇はサンジのそれを包み込みながら零れる唾液を誘い込む。
緑の髪を両手で抱え込むサンジの思考はじんと焦れて、心音はますます高まる。
サンジの薄い舌に触れたゾロの舌はその形を辿り、くるりとそれを絡めとった。彼の舌を惜しみなく与えることでサンジはゾロの行為に答える。
柔らかい粘膜の擦れあう音が午後の部屋に響いている。
サンジの喉元から、鼻から堪えきれない吐息が漏れる。ゾロのキスは体温を移すように優しくサンジの惑いを溶かす。
サンジの唇を解放すると、ゾロは彼の首筋にそれを彷徨わせながら、サンジの服を一枚一枚脱がしていく。スーツの上着を落とし、ネクタイを抜き取る。シャツのボタンをいつになく丁寧な仕草で外していく。
明るい昼下がりの部屋に、サンジの肌が少しずつ晒されていく。
「どうして欲しいか言えよ」