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君に言祝ぐ日

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 明らかに気分を害したと分かる帝人の様子に、臨也は軽く笑って自分のケーキを大きく切り取る。帝人のそれとは違って臨也の前に置かれているのはチョコレートできれいにコーティングされたケーキだ。名前は知らない。
 デコレーションされた一品は美しく、パティシエの並々ならぬ情熱を感じる。同時になんとなく高そうだな、と思っていたそれに臨也は躊躇うことなくフォークを刺した。
「はい、あーん」
「ふむっ!」
「はいはい落ちちゃうよー? さっさと口あけて」
 思いっきり唇に押し付けておいて何をと睨み据えるが、どこ吹く風で臨也はフォークを突き付けたまま離さない。これは口をあけるまで譲らないだろうと悟った帝人の選択は早かった。仕方なしに口を開けば待ってましたとばかりに押し込まれるケーキ。
 丁度いい甘さのチョコレートとしっとりとしたスポンジ。少しだけ洋酒が利いたチョコレートクリームは絶品と言ってもいいくらいなのだが、いかんせん付随するものが多すぎる。
 たとえば今背後から聞こえた、抑え気味だがそれでも黄色い悲鳴とか。店内のそこかしこから向けられる視線とか。ひそひそと囁かれる噂だとか。
 ものすごく、それはもう物凄く居た堪れない!と帝人は顔を真っ赤に染めてぎゅっと手を握りしめた。一刻も早くこの空間から逃げ出したい! むしろ出来ることなら埋りたい。
 だがそんなことは出来るはずもなく、出来ることは目の前でニヤニヤと悪趣味な笑顔を浮かべている相手を睨みつけることだけだ。
「臨也さんっ……! 解っててやったでしょう!」
「え、なーに? 俺はただ単にじっとこっちを見てる帝人くんに俺の分のケーキを施してあげただけだよ?」
「それは嬉しいですけど、やり方が最悪ですっ!」
「別にいいじゃん関節キスくらい」
 言うなり自分もケーキを切り分けて口に運ぶ。ん、なかなかと呟く声も遮られるくらいの、例えるならばピンク色の悲鳴が少し離れた客席から聞こえてきて思わず意識が遠のいた。
 そういった情報に興味はないが、ネットを渡るうちに帝人も耳にしたことがある。狩沢たちのような女性たちのことを。そして池袋という街は彼女たちが聖地と呼ぶほどにその手の店が多く、必然、集まることも多く。
「あー凄いな。やっぱり女の噂話は早いって言うけどこの分なら一両日中に広まるかもね?」
「他人ごとのように……!」
 救いと言えば私服で学校が特定できないということだ。これでネットに折原臨也と来良の男子生徒がカフェでいちゃいちゃしていた、などと書きこまれようものなら全力を持って噂を根絶するか、憤死しかねない。もしそうなったら管理者権限使ってでも、と後々の対応を覚悟した。
「そんな壮絶な覚悟するほどでもないのに」
「全ての元凶が何を言いますか」
「え、そこまで言われるほどの事?」
「僕にとっては死活問題です!」
 これが万一にでも杏里や狩沢の耳に入ったら、と考えると心から泣きたい。少なからず淡い憧憬を抱いている相手からそんな目で見られようものなら今度は絶望して死にそうな自信がある。狩沢は狩沢でいろんな意味で瀕死にまで追い込まれるだろう。
「臨也さんだって困るんじゃないですか、そんな噂立ったら!」
 いくら新宿主体だと言っても臨也の取引相手は池袋にもいるだろう。情報屋は客商売、印象も大事なんだよといつだったか語っただろうと詰め寄れば、臨也はあっけらかんと笑って見せる。
「やだなあ帝人くん。俺を誰だと思ってるの?」
「……折原臨也さんです」
「はい、その臨也さんの職業は?」
「……情報屋さんです」
「素敵に無敵なが抜けてたけどまずせいか―い! その御褒美としてもう一口あげよう」
「いいですから! それより続き!」
 ほらと差し出されるフォークから必死に逃げれば至極残念そうな顔で自分の口へと放る。もぐもぐと咀嚼してから「簡単なことさ」と指を立てて見せる。
「確かに人の噂は広まるのが早い。だが噂なんてものは尾ひれがついて変化していくものさ。大本がなんだったかなんて誰も分からないほどにね。そして操作するのも容易い」
「臨也さんなら噂を消せるってわけですか」
「まあ出来なくはないね」
 ネット上でも現実の面でも臨也は情報操作の手腕に長けている。悪趣味だと周囲に口を揃えられる人間観察の賜物か、群集心理を手玉に取ることなどお手の物だ。もしかして、と一抹の希望を垣間見て臨也を見遣るが、当の本人は立てた指を振って「でも、」と続ける。
「今回俺は手を出す気はないよ」
「なんでですか!」
「んー、たまには手を出さずに見守るのも一興かなって」
「そんな気まぐれはもっと別の時に発揮してください! っていうか臨也さんだってそういう趣味だって広まったらまずくないですか!?」
「どうかなー?」
 まるで女子高生のようなノリで会話しているが、帝人はこの上なく真剣である。自分でも対処に当たるつもりだが、臨也の協力が得られるならばそれに超したことはないだろう。
 だが必死の形相の帝人とは裏腹に、臨也はこれまた表面上は穏やかな微笑みを浮かべてカップを傾ける。
「別にね、人の性癖でどうこうってもんじゃないし? むしろ俺としてはこの噂がどこまで肥大してくれるかの方が楽しみかな」
「外道……」
「失礼だなぁ」
「臨也さんはいいかもしれないですけど、僕はどうでもよくないんです!」
「特定されなきゃいい話でしょ」
「それはそうかもしれないですけど!」
 もうどうしたらいいのかわからないと涙目になり始める帝人を見て、臨也は僅かに目を瞠る。だがそれも一瞬、次の瞬間には既にいつもの微笑みを張り付けていた。徐々にヒートアップしていく帝人を抑えるように、手をあげて店員を呼びとめる。
「どういたしましたか?」
「追加注文をお願いします」
 何食わぬ顔でお茶の追加を告げた臨也は、戻ってきた店員がカップを置いて下がっていくのを見てからようやっと口を開く。
「俺としてはなんで帝人くんがそこまで嫌がるのかが分かんないなぁ」
「……じゃあ臨也さんだったら静雄さんとそういうことになったとか噂されていい気分になるんですか」
「ちょっと冗談でも止めてくれる帝人くん! ないから!! たとえ地球が滅亡しようとも絶対にそれはありえないから!!」
「某方曰く、シズイザが王道なんだそうです」
「ないから!! っていうかそれ言ったの狩沢でしょ?! いつからそっちに染まったの帝人くん!?」
 気持ちが悪い、吐き気がするとあからさまに顔を顰めてお茶を啜る臨也に帝人の溜飲も僅かに下がる。自分の苦難を思い知ればいいと思ったのだが、予想以上のダメージを与えたようだった。
 食欲が失せた、と臨也は吐き捨てて自分の前に置かれたケーキを帝人へと押す。
「君が変なこと言うから気分が悪い。責任持ってそれ食べて」
「流石に横暴だと思います」
「別に俺は残してもいいけど。もったいないんじゃないかな、まだ半分も食べてないのに」
 そう言われると帝人も口ごもってしまう。先ほどの発言が意図的だったことと、ここの支払いが臨也持ちだということも踏まえてもどうにも罪悪感が生じてしまう。それも臨也の思うつぼだということも分かっているのだが、どうにも頷けない衝動に貧乏って怖いと内心で呟いた。
作品名:君に言祝ぐ日 作家名:ひな