君に言祝ぐ日
そろりと見上げた先には微笑む臨也。有無を言わせぬ微笑みに逆らうのは無駄と悟り、溜息一つで皿を引き寄せた。既に食べ終わっている自分の皿をずらし、フォークで切り取って口に運べば広がるのは上品なチョコレートの甘さ。先ほども味わったそれに改めて感嘆しながらも、なんでだろうな、と帝人は首を傾げた。
折原臨也は人間を愛している、と豪語する変人だ。なおかつ趣味は人間観察と明言し、自らの好奇心を満たすためならば行動を選ばない。好かれようと憎まれようと向けられる感情をかみ砕き、咀嚼し、そしてまた反応を見るためにちょっかいを出す。
そんな相手だからこそ帝人を池袋に呼んだ友人は近づくなと明言し、周囲の大人たちも臨也のことを口に出せば渋い顔をするのだろう。
しかし何故、彼がここまで自分に構うのか。
少し前に起きた一件以来、誘われる頻度が高くなっているような気がするとここ一カ月近くを振り返って首を傾げた。やはりダラーズのせいだろうかとも。
「……臨也さん」
「なに? 帝人くん。もしかしてお茶のお代わり?」
「いえ、まだあるので大丈夫です。あの、それより聞きたい事があるんですけど」
「ふぅん、なにかな?」
至極穏やかな笑顔で問い返す臨也。周囲の席から密やかに称賛の声が聞こえる。自分の顔の良さを分かってるよなぁと感嘆しつつ、帝人もまた呆れながら見惚れた。だが周囲よりは免疫があるせいか刹那で立ち直り、疑問に思っていたことを告げる。
「なんだってお茶なんですか? しかもここで」
「美味しいからだけど……なに、気にいらなかった?」
「そんなことはないですけど、……えっと、場違いかなぁって」
「ああ、遠慮してるの? 大丈夫だよ。営業方針上、客の選り好みはしないさ」
そういうことじゃない。声を大にして言いたいがそんなことをすれば明らかに悪目立ちしてしまう。今現在で既に遅いという声が聞こえてきそうだが、それでも最後の砦というものは帝人にも存在する。
分かってて言ってるんじゃないだろうかと勘ぐるが真意はしれない。だがこちらの言いたいことを察しているのだろう、臨也はくすりと笑ってごめんねと目を和ませた。
「困らせるつもりはなかったんだけど。気にいらないなら出ようか?」
「いえ、そこまでは」
「ま、丁度良いしね。それ食べ終わったら行こう」
目線で示されたのは最後の一欠片となったケーキのなれの果て。何気なしに完食する。ごちそうさまでしたと礼儀正しく手を合わせれば、目だけで微笑み、出ようかと示される。
伝票を持って立ち上がる臨也の後ろを歩きながら、帝人は少し残念に思う。確かにこのカフェの空気は苦手だったけれど、それでもケーキとお茶は美味しかった。だからこそ最後の一切れがなんだか味気なかったような気がして、もったいないなと思った。