君に言祝ぐ日
「はい。僕ばっかり貰ってばかりじゃ割にあいません。何かさせてください。あ、ただしそんなに金銭的負担がかからないもので。情けないですけど、これでも学生なので」
「そりゃ君に金銭的余裕はこれっぽっちも期待してないけどさ、別にそんなこと気にしなくてもいいんだよ。俺がしたくてしたことだし」
「それでも、です」
やられっぱなしは性に合わない。意外に思われるかもしれないが、帝人は温厚そうに見えてやられたらやり返すという割と攻撃的な性格をしている。意気込む帝人を臨也は珍しそうに見た後、ぷっと吹き出した。
「あははは! 案外帝人くんて男らしい性格してるねぇ」
「悪いですか」
「いいや全く。そういう予想外なところも面白い」
くっくと笑いながら目端に溜まった涙を払う臨也は心底楽しそうだ。しかし笑われている側としては面白くないので些か憮然としてしまうのは仕方がないだろう。
「それで、何かありますか」
「うーんそうだな、正直物を贈られても面白くないしねぇ。……そうだな」
考え込む臨也は思い至ったようにそうだ、と呟いた。
「なら、誕生日プレゼント代わりに今日、泊まっていきなよ」
「どうしてそうなるんですか」
臨也の誕生日のはずだったのに、それでは帝人の方が得をしているようではないか。呆れる帝人だったが提示された内容は魅力的だ。僅かに目を輝かせて臨也を見る。当然それを見逃す臨也ではない、いいじゃないと軽く笑う。
「あのぼろアパートよりはずっとましだろ? 着替えは貸してあげるし、明日も休みだ。なんら気兼ねすることないだろ?」
「臨也さんは仕事、いいんですか」
「ああ、世間様一般に準じてうちも今年は休み。ぶっちゃけ波江から休ませろって有給取られたんだよね。なんでも弟くんと旅行に行くらしくて」
道理でいないはずだと密かに納得する。帝人が夕方前に来る時にはオフィスで何かしらの雑務をしている彼女がいなかったことに得心がいった。
「だからさ、お願い」
ここにいて。
囁かれる言葉は穏やかで、優しく。正直帝人はずるいなぁと思うのだ。
目を細め、口元を緩ませる。それだけで簡単に笑みは形作られる。上辺だけの綺麗な微笑み。だがそれを表面上だけで終わらせないのが声と、仕草だ。声だっていくらでも偽れる。演技だろうと笑い飛ばすのは容易い。
しかし、それが出来ない原因も笑顔を浮かべる張本人なのだ。
「……臨也さんって本当に、自分の価値正確に把握してますよね」
「ん、だって基本でしょう?」
さらりと頬にかかる髪の毛一筋さえも計算しつくしたもののように見えるから性質が悪い。だがもっと悪いのは絆される自分だと溜息をつきながら、僅かに赤くなった頬をかくすようにそっぽを向いて告げる。
「いいですよ、そのくらい」
「ありがと。やっぱり帝人くんは優しい子だなぁ」
「……その代わり、臨也さんも手伝ってくださいね。夕飯作るの」
「いいよー。まあそれを誕生日プレゼントとして受け取ろうかな。でも君の腕前じゃあ不安だしね、手伝ってあげよう」
「っ、こっちの意図先読みして言うの止めてもらえませんか!」
「分かりやすい君が悪いんだよ」
けらけらと笑う臨也に理不尽さを感じながら帝人はソファから勢いよく立ちあがった。しかしこのまま退室しようという考えはない。なんだかんだ言って帝人も臨也の提案には頷きたかったのだ。
(確かにお金もかけてないし侘びしいけど……、この人だからなぁ)
好物は人の手が介在した料理だと豪語する臨也だ。作ること自体に文句はないがまともな量の食材があることを願う。だが帝人の心配は杞憂に終わる。
向かった先のキッチン。一人暮らしには不釣り合いだと思えるくらいに立派な冷蔵庫の中には野菜から始まって肉、魚、卵といった生鮮食品がこれでもかと詰め込まれていた。