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君に言祝ぐ日

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 恙無く夕食が終了し、家主の好意で先に入浴させてもらった帝人は借り物のパジャマを多少持て余しながらリビングへと戻った。ソファに気だるげに座り、なんとなしにテレビを見ている臨也の隣に少しの間を開けて座る。
「やあ、どうだった? 久しぶりの家風呂は」
「気持ちよかったですよ。やっぱり好きな時にお風呂入れるのっていいですね」
 苦笑しながら告げた言葉に臨也もまた笑って「もう少しいいところに住めばいいのに」と零す。それに笑って誤魔化しながら何となく帝人もテレビへと視線を向けた。パワースポットとかなんとかと言った単語が聞こえる。どうやら今流行りの特番らしい。
「さて、テレビ向こうの人間たちはそれぞれ好き勝手な見解を述べてるけど、帝人くんはどう思う?」
「何がですか?」
「こういうパワースポットについてさ」
「……そうですね。僕には良く分かりませんがあるんじゃないですか? もちろんそれは受け取る側の感受性にもよると思いますけど」
「有る人間が息を呑むような感動と恐怖にあっても、それは当人だけのものだ。他者には正確に理解されない。なるほど正しいね。それを踏まえて訊こうか、君はあーいったものに興味はある?」
 臨也が指さすのはいわゆるパワーストーンと言ったものだ。帝人は苦笑する。
「女の子が好きそうですよね、ああいうのって。僕は別に、可も無く不可もなく」
「なるほど。じゃ、丁度良かった」
「え?」
 にっこりと笑った臨也が突如片腕を引っ張る。必然、臨也に向かって倒れ込む形になった帝人は何をするんだと見上げるが、視線の先の笑顔に黙る。――笑顔と、彼が持った物体に。
「ちょ、いざや、さん……?」
「あは、震えてる。怖いの? 大丈夫、痛みは一瞬だから」
「そういうことじゃなくて! て、その手に持ったのってやっぱり……!」
「ピアッサーだよ。もしかして見たこと無かった? 意外だなぁ、紀田君辺りなら持ってたものと思ってたんだけど」
 会話をしながら帝人を拘束したのとは逆の手で臨也は帝人の耳朶に触れる。普段自分でもそう触らないところを遠慮なく、しかも人の手でもまれて何故か気恥ずかしい。そしてこれから何が行われるかを薄々悟って慄いた。
「開けるん、ですか?」
「うんそう。開けないと付けられないからね」
 見てよこれ、と言って臨也が無造作に取りだしたのは黒い箱。ビロードの掛かった小さな箱は宝飾品をいれるような箱で、まさかと見上げれば満足気に唇が弧を描く。
 白い指が器用に蓋を開け、開いた中央に鎮座するのは薄緑の石。深くもなく、淡い色彩のそれにどこか癒されながらもどういうことだと臨也を睨んだ。
「綺麗でしょう? 琅?とまではいかないけど結構上物なんだよね」
「ろう、かん?」
「石のグレード。石自体は翡翠だよ。宝石で貴石の一種、翡翠硬石、西洋名はジェイド」
「なんでそんなもの、僕に」
「君に付けてほしいからだね」
 にこり、と笑って臨也は告げる。
 なぜ。反射的に疑問しか出てこない。体は完全に臨也に拘束され、いつの間にかソファの上へと寝そべり、頭上から臨也が抑えつけるようにしている。正面から向き合う形で二人は対峙していた。
「俺さぁ、結構君の事気に入ってるんだよね。でも君ってば危なっかしいじゃない? それでもってよく怪我してるし。流石に心配になってさ、でも俺がいつも見てるわけにはいかないし。まあ気休め、お守り? そんなのに頼るの俺らしくないって思うけどまあ鰯の頭も信心からって言うし、試してみようかなってね」
「それでなんで僕の耳にピアス開けることになるんですか!」
「だから、だよ。まあブレスレットでもいいかなって思ったんだけど邪魔そうだしね。これなら邪魔にならないしいつでもつけていられるだろ」
 本当はお風呂の後にするのは良くないんだけど、と言いながらも場所を見定めるようにふにふにと帝人の耳朶を弄ぶ手は止まらない。間違いなくピアスホールを開けられる、と戦慄する帝人をよそに臨也の言葉はまだまだ続く。
「本当ならアクアマリンでも良かったんだけど、ちょっとねぇ。同じベリルでもエメラルドよりもこっちの方が君らしいし」
「……なんだか学生には場違いな宝石の名前がどんどん出てきたんですが、あの、じゃあなんでこの石にしたんですか?」
「君が持つに相応しい石だからさ」
 こんな場だというのに質問を繰り出す帝人に笑いながら臨也も答える。だが返答にまたもや帝人は眉根を寄せた。何故翡翠が自分に相応しいと言うのだろう?
 帝人は預かり知らなかったが世の中には誕生石というものが存在する。日に寄っても存在するが、大まかなものは月で決まっている。臨也が挙げたアクアマリンは三月の誕生石、そしてエメラルドと翡翠は五月の誕生石。
 満足気に微笑む臨也は真意を告げることのないまま、そっと耳を撫でていた手を頬へとずらす。
「翡翠。宝石言葉は健康と繁栄・福徳・長寿・幸福。まあありきたりな言葉だけど、この石には一つの逸話があってね。「仁・義・礼・智・信」の5つの徳を備えた石だと言われていて、昔から珍重されて来たらしいよ。……隣の国の、王様にね?」
「……っ、」
「ついでに俺の誕生石でもある。ね、君にぴったりだろう?」
 無色の王様、と笑う臨也は美しく、凄絶だった。光の加減で紅にも見える瞳は半端に光を反射しているせいでどこか黒く、却って彼の抱える深淵を思い知らされる。
 折原臨也が帝人に見せた一面は正しく一面。彼の全てではない。人は幾面もの顔を持つものだと知っていたのに。
 帝人へのお守りに、というのは正しく彼の好意なのだろうか。だが例え好意だとしても後者の理由の方が強い気がするのは間違いではない。
 帝人が臨也の誕生石を身につける。王に相応しい石。彼の言葉を反芻して石を身に付ける意味は、一つしか見当たらない。
「……臨也さんが、僕のものだって言いたいんですか?」
 声は震えないで言えただろうか。虚勢だとしても平然としていられただろうか。しかし帝人には確認する術も余裕もなかった。言葉を受けて臨也はゆっくりと唇を吊り上げる。
「半分正解。まあ現状、確かにそういった面もあるかもしれないけど、本音としては逆かな」
 にこりと笑って臨也は告げる。
「俺のものになってよ、帝人くん」
 優しく優しく微笑みながら臨也は突き付ける。紛れもない独占欲、そのものを。
 ここに来て帝人は初めて今日、臨也と出会ってから何度目かの疑問の答えを見た気がした。彼がどんな思惑で言っているかなんて、帝人には分からない。だが、自分のものになれと告げる臨也の目は限りなく真剣で本気のほどが窺える。
「それって、付き合えってことですか」
「そう捉えてもらってもかまわない。籠絡させる方法はほかにもあるけどさ、君は俺の信者じゃないし、なろうとも思わないだろう?」
「そうですね」
「ほら、だからやっぱり面白い」
 にこりと笑う臨也は美しいが、彼の片手は今もピアッサーを握っている。鈍く光を反射する針の先端がいつ突き刺さるかしれない。恐怖を感じながらも帝人は声を振り絞る。
「臨也さんは、僕が好きなんですか」
作品名:君に言祝ぐ日 作家名:ひな