水の器 鋼の翼2
実現できなかったレクスたちの夢。今となっては空しいばかりだが、それでもレクスにとっては大事な拠りどころだ。モーメントエンジンのあの硬質で澄んだ回転音は、ささくれ立つレクスの心を穏やかにしてくれる。
D-ホイールに覆いをかけ直して、レクスは部屋の反対側に進む。
必要最低限の生活用品が整然と並べられた場所に、それはあった。マットレスの上に載せられた毛布の中から出されたそれは、ルドガーから託された彼の「腕」。暗がりで蛍光色に光る培養液は、あの日から一度も濁りを見せることなく、「腕」を腐敗から守り続けている。
レクスは「腕」に触れてみる。昔のような温かな体温とはかけ離れた、ひんやりと冷たいガラスの感触が返ってきた。
D-ホイールと「腕」に触れている時。その時になるとレクスの感覚ははっきりする。自分の記憶さえも信じられないこのごろで、その一時だけレクスは自分自身の存在を信じることができる。
だけど、とレクスは自嘲する。ごろんとマットレスに横になり、「腕」をそっと抱きかかえて彼はつぶやいた。
「変わらないな。兄さんの腕にしがみ付く癖は……」
胸に抱えた「腕」を愛おしげに擦るレクスの目に、真っ黒になりかけた壁面が映る。もうここからでは、文字を判別するのは困難だ。近い内に、またペンキで白く塗り潰さねばならないだろう。