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Luxurious bone ―前編―

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 「ナミさんは優しいからなぁ。・・・てめぇ、買出しの足手まといになるなよ。人の多い市場で迷子になりました、とか言って。お前、確実に一人で船に戻れねぇんだからな」
 「てめぇこそ、この前みたいにぶっ倒れて足手まといになるなよ。自分の足で歩けない奴を連れて帰る気はないぜ」
 「俺はそんなにやわじゃねぇ」
 「よく言うぜ。人の傷見てびびって、真っ青な顔して、げぇげぇ吐いてたくせによ」
 「あァ?てめぇの傷のせいじゃねぇよ。ふざけんな」
 言い放ってゾロの襟首を掴んだサンジは、眉間に皺を寄せてきつい双眸で睨み上げる。怜悧な刃物の鋭さが、その瞳に宿る。緊迫した状態において、熱を孕んだように熱くなるゾロの眼差しとは対照的だ。
 ゾロが胸元にあるサンジの手を掴もうとしたとき、道を小さな荷馬車が下ってくる音がした。サンジは諦めたように攻撃的な視線を解き、馬車に乗った老人に道を譲るために数歩下がった。車輪を軋ませながら、農作物を積んだ荷馬車が馬に引かれ通り過ぎていく。 やり場を失った怒りに舌打ちをしてネクタイを乱暴な手つきで緩めるサンジを、ゾロは馬車越し見つめる。サンジの怒りの沸点はともすればゾロより低い。怒りの鎧で身を守らなければ剥がれ落ちて露になる何かを焦るように。特にゾロに対して見せる矜持は頑なだ。
 馬車が行ってしまうと、サンジはゾロを無視してすたすたと先を行こうとする。
 「おい」
 ゾロは黒いスーツの後姿に言う。
 「んだよ」
 「で、もう平気なのか?」
 「何が」
 「体、もう平気なのかよ」
 サンジは立ち止まって振り向くと、少し首を傾けるようにしてゾロを見返す。
 「・・・お前から見てどうよ」
 「ああ?」
 「俺、元気そうに見えるか?」
 「ああ、見えるぜ」
 「じゃあ、元気なんじゃねぇか」
 答にならない答をぽつりと吐き出して、サンジは靴を鳴らして歩き始めた。


 港近くの市場は、午後の人手で賑わっていた。
 カラフルなテントの下に並んだ野菜や肉や魚の色彩が目に鮮やかで、あちこちで交わされる活気ある会話と、漂う食糧品の新鮮な匂いが心地よいのか、サンジは軽く深呼吸をしながら市場を見渡している。
 「俺は適当に買い付けるものを見繕うから、お前はどっかの食堂でも入って昼飯でも食ってろよ。何か欲しいものがあるなら予算の範囲で買ってもいいぜ」
 生き生きと頬に赤みを取り戻すサンジの表情を目を細めて眺めながら、ゾロは喧騒のなかをサンジと進む。
 「酒。とりあえずしばらく無くならねぇくらいの量。種類は何でもいい」
 「わかった。樽で買ってやるよ。・・・お、とりあえず米と小麦粉を買わないとな」
 サンジが米屋の前で足を止めたので、ゾロはそのまま前を向いて市場の中央の道を進んで行った。
 擦れ違う人々の肌は先ほど村で見た家の屋根のように褐色で、女は鮮やかな模様を縫い付けた原色の布を被り、顔の下半分を覆っている。年配の男は皆、口元に豊かな髭を蓄えている。
 白い土煙が立つほど人通りは多く、腰に3本の刀を差す厳つい風体の男に自然と視線は集まる。「海賊狩りのゾロ」の名はこの島まで響いてはいないようだが、このままではいつ海軍の耳に入るとも限らない、とゾロは考えた。
 ふと芳ばしい香りに足を止めると、串刺しの肉を網で焼いて売っている屋台があった。腹の虫がごろりと鳴るのを抑えながら、ゾロは屋台に近づき、「一本くれ」と店に立つ老女に言った。布から覗く深い皺に埋もれた瞳でじろりとゾロを一瞥した老女はすぐに警戒の表情を解いて、タレの入った瓶に漬けてある串を網に一本置いた。どんなに風貌が怪しくとも、腹をすかせた奴を差別しないという何処かのコックの考えと同じか。
 店先で焼きあがる肉を待つゾロの足に、歩く人々の足元を抜けるようにかけてきた一人の少女が勢いよくぶつかった。反動でどしんと後ろに尻餅をついた少女を、ゾロは身を屈めて手を伸ばし助け起こしてやる。10歳ぐらいのその少女は大人の女たちと同様、頭に鮮やか緑色の布を被っている。彼女はくるりと大きな瞳でゾロを見返すと一歩下がっ丁寧に会釈をした。
 「ナダ、お客様にぶつかるなんて失礼じゃないか」
 老女が肉をひっくり返しながら言う。おそらく彼女の孫なのだろう。
 「ごめんなさい。お婆ちゃん、それからお客様」
 そう言って少女はもう一度、丁寧に頭を下げた。
 「何をそんなに急いでいたんだい?」
 肉の表面についた焦げ目を確かめながら、目元に優しげな皺を浮かべて老女は言う。
 「それがね、コローさんの米屋に今、金色の髪をしたお客が来てるのよ。ドリが教えてくれて見に行ったの。みんなにも教えてあげなくちゃ」
 「金色の髪?そりゃ珍しいね。旅行者か何かだろう」
 「うん。すごく素敵なの。きらきらお日様みたいに光る髪で、肌もミルクみたいに真っ白で、目なんか猫の目みたいに青いのよ」
 「へぇ・・・女かい?」
 「ううん。男の人。でも母さんが読んでくれたお話に出てくる女神様みたい。みんな店先で見とれてるわ。もちろん気づかれないようにだけど・・・。私、友達にも知らせてくる!」
 そう言うと好奇心に満ちた瞳を持つ少女は、布を靡かせて走っていった。老女は仕方ないというように笑顔で首を振り、焼きあがった肉をゾロに手渡した。
 代金を渡してテントの陰から出ると、ゾロは立ったまま肉に齧り付く。じわりと肉汁が口の中に広がり芳ばしい味が舌を満たす。
 肉を咀嚼しながら、20メートル程向こうの米屋の方向を見ると、サンジが店先で米の山を指差しながら店の主人と何か話しているところだった。その周りを遠巻きに取り囲むような人の輪ができている。顔に陰を作る布を指先で持ち上げて、金髪の異邦人に見入っている女もいる。  
 この島ではよほど色素の薄い人間が珍しいのだろう。女神とは言い過ぎだ、とゾロは思う。しかしゾロもサンジを始めて見たときは目を眇めてその珍しい飴色に見入った部類だった。
 真上にある太陽の日差しは真っ直ぐにこの島に降り注いでいる。サンジがテントの陰から出ると、光を孕んだ彼の頭に銀色の輪が一筋できる。全身を包む黒いスーツとの色彩のコントラストが、宗教画から抜け出したモチーフのように人々の目にうつるのかもしれない。
 普段は平凡な存在に過ぎないサンジという男の体に確かに宿る、崇高さの気配。それは太陽の光に晒されて明るみに出された、危うい陰と官能の欠片。砂浜に紛れた砂金の粒を見つけた時のような穏やかな驚愕がゾロの胸を駆け抜ける。まるで今、始めてサンジを知ったようなひどく混乱した気分になる。
 そのままぼんやりとサンジの姿を見つめていると、道を遮る群衆の間を抜けて来た3人の男たちがサンジを取り囲んだ。肌の色から判断してこの島の者ではない男たちの纏う、 「堅気ではない」雰囲気にゾロは最後の肉を噛み切って串を捨てると、そのまま右手を滑らせて刀の鞘に置く。そしてサンジの方に歩いていった。ゾロの視線の先で、サンジと男たちは二言三言言葉を交わし、サンジの表情が笑顔に変わった。それで賞金稼ぎや海賊の類ではないとわかるが、ゾロは怒気を緩めずにサンジの背中に手を置いた。
 「おい」
作品名:Luxurious bone ―前編― 作家名:nanako