Luxurious bone ―前編―
サンジは振り返ると、吸殻を咥えた口角を上げて笑いかけた。
「何だ。飯食いにいったんじゃねぇのかよ」
「何してる。何だこいつら」
顎で男たちを示し、ゾロはじろりと胡乱な睨みを利かした。一番体の大きい、右腕に刺青のある男が負けずに睨み返してくる。
「おいおい。そんな怖い顔すんなよ。・・・この人たち漁師でさ、港にさっき入港したばかりなんだってよ。で、俺が米を100キロ程買うって言ったら港まで運んでくれるってさ」
「そんなもん俺が運ぶ。何のための荷物持ちだ」
「不本意だっつってたくせによ。運んでくれるのはいいが、限界があるだろ。樽酒も一個や二個じゃ足りねぇし、他にも野菜や肉や小麦粉や。二人じゃ運べねぇよ。この兄ちゃんたちが好意で言ってくれてるんだから甘えるのもいいじゃねぇか」
「荷馬車を一台、雇えばいいだろ」
「金かかるだろうがよ。この人たちはタダでいいって言ってくれてんだぜ?」
無料より高いものがあるか。そう思ってもう一度ゾロは男たちを睨みつけた。この男たちがサンジをどういう目で見ているのか、全く本人は気づいていないようだ。品定めするような目線でサンジに近づいてきたのをゾロは決して見逃していない。ゾロが見せつけるように刀に手をかけると、男たちは敵う相手ではないと判断したのか舌打ちをして立ち去っていった。
「荷馬車の金ぐらい、俺が払う」
ゾロはそう言い、サンジの手首を掴むと歩き出した。
「おい、離せ!てめぇ金なんか持ってんのかよ」
「荷物持ちの駄賃にナミに貰った。お前も俺も目立ちすぎだ。海軍に嗅ぎつけられると面倒だ。さっさと買い物済ますぞ」
嫌がるサンジの手首を離さず、ゾロは半ば命令口調で言い放つ。サンジは自分に向けられる視線というものに存外鈍い。放っておいてもあんな漁師崩れの二人や三人が襲ってきたところでサンジなら蹴り倒して終りだろうが、ゾロはサンジのその鈍感さに腹が立って仕方なかった。
「離せっつってんだろ。おいって!聞こえねぇのかこの耳なしミドリ!」
ずんずんと市場のメインストリートを抜けていく二人組に集まる視線を振り切るように、ゾロは前に進んだ。掴んだ手首が想像以上に細いことがまた腹立たしくて仕方ない。
今日は荷物持ちを真っ当すべく、この男から一歩も離れないでいてやると決めたゾロは空を仰ぎ、ナミの周到な仕返しに唾を吐きたい気分になった。
一頻り買い物を終えた二人は市場を後にすると、船の停泊している岬へ続く道を歩いていた。
充分な食糧を仕入れた二人は、船へそれを運んでもらうために一台の荷馬車と御者の男を雇った。そして積みきれなかったものだけを二人で持ち、市場を出た。
夕日が島を茜色に染めていた。海の上で見る夕日とは違って、島に訪れる夕暮れは穏やかだ。果てがないように何処までも広がる小麦畑は金色を帯び、風にざわざわと揺れている。屈みこんで農作業をする人々の姿が濃く陰影を描き、空に流れる雲は赤に縁取られて鮮やかに浮かび上がって見える。村の家々からは煙が立ち昇っている。
ゾロは酒樽を肩に担いで、ブーツの底を鳴らしながら黙々と歩く。そして横にいる男を見る。小麦粉の入った麻袋を腕に抱えたサンジの髪まで赤色に染まっている。
市場での買出しの間、ゾロはずっとサンジを観察していた。食糧を買うことに集中したサンジはまるでゾロの存在など忘れたかのように振舞っていた。実際、忘れていたのだろう。注意深く店頭に並ぶ商品に見入り、店員と値段の交渉をする。選ぶときは慎重に、買うと決めたら行動は早い。真っ赤なトマトに顔を綻ばし、肉屋で見つけたブロック肉の新鮮さに心からの笑顔を見せる。そんなサンジの姿をゾロは傍らで飽きずに眺めていた。
果物屋に入ったときのことだ。
日持ちのする柑橘類を何種類か選んだサンジは、店頭に積んである林檎を指差して店の主人にその種類を尋ねていた。その林檎は普通の林檎より一回り小さく、色も濃く、サンジが見たことのない種類だったらしい。主人はその林檎がこの島で独自に栽培されている品種であることを説明した後で、味見をしてみて下さい、とゾロに林檎を一個手渡した。ゾロは受け取った林檎の表面を腹巻で拭って、真ん中から2つに割り半分をサンジに渡してやった。サンジは礼を言ってそれを齧った。
結局、普通の林檎よりも何倍も甘いというその林檎を気に入ったサンジはそれを一山買った。「これでアップルパイをつくってやる」とゾロに笑顔で言いながら。
ゾロは何となく気分が良かった。自分の手で割った林檎をサンジが受け取って食べた。それだけのことが妙に嬉しかったのだ。
緩い坂道が続いている。道の上には小さな教会が建っている。空に向かって伸びる棟の天辺にある十字架が沈む日の光に照らしだされている。
その教会の傍まで坂を登りきったとき、ゾロの体にぞくりと不穏な気配が駆け抜けた。足を止め、耳を澄ます。刀の鞘に指を置く。
がたんと耳障りな音をたてて、教会の扉が開いたかと思うと、屈強な体をした男たちが飛び出してきた。ゾロの横で麻袋を下ろし吸殻を投げ捨てたサンジが、体勢を低くして身構える。飛び出してきた男は10人。皆が黄色い肩飾りのついた白い服を着ている。海軍だ。
「・・・待ち伏せしてやがったのか」
目線は男たちを睨みつけたまま、サンジが唸るように言葉を零す。
「市場からつけてやがったな。やっぱりお前、目立ち過ぎだ」
「それはお前だろ」
にやりとサンジは笑う。
「緑髪の男、ロロノア・ゾロです」
一人の海軍兵が、上官らしき男に告げる。その上官は驚いた表情でゾロを見返し、ごくりと唾を飲んだ。
海軍兵たちは一様に腰に刀を差している。皆、一斉に刀を抜き、空に身構えた。男たちの無駄のない所作とその構えでゾロはわかる。
「おい、コック。こいつら手練だぞ。舐めてかかるな」
「へっ、望むところだぜ」
ゾロは酒樽を地面に置いて右肩に巻いたバンダナを解くと、素早い動作で頭に巻きつけた。そのまま刀の鯉口を切る。妖しい閃光が刃を走り、ゆらりとゾロの輪郭が揺れる。肩から立ち上る殺気が辺りに溶け、空気と飽和する。
その場が醸し出す壮絶な緊張感に耐え切れなかったのか、海兵のひとりが叫び声を上げてサンジに向かってきた。
「お前ら、撃ちとって隊の名を上げろ!」
上官が言い放つのを合図に、次々と男たちが二人に飛び掛ってくる。サンジは真正面から飛びこんできた男の刀が振り下ろされる瞬間を待ち、額すれすれの刃を右足で大きく蹴り飛ばした。大きく左に傾いだ男の体に振りかぶった左足を容赦なく叩きつける。骨と骨がぶつかりあう鈍い音。男はそのまま地面に倒れ込み、投げ出された男の刀は放物線を描いて回転し、落ちて白い土の地面に刺さった。
男の息を確かめる間もなく二人の海兵がサンジに斬りかかってくる。左足で地面を蹴り、飛び上がるとサンジは男たちの背後に降り立つ。二人は振り返ると刀を大きく持ち上げながらサンジに向かってくる。両側から振り下ろされる刃を前傾姿勢で避けたサンジは素早く一人の男の懐に飛び込んで、振り上げた踵を男の顔に叩きつけた。
作品名:Luxurious bone ―前編― 作家名:nanako