だぶるおー こらぼでほすととりぷる
小野は、通称『魔性のゲイ』と呼ばれている。狙った獲物は逃がさない。というか、魔性の色香で、その気のない人間すら、その気にさせるという、とんでもない伝説を持っている男で、自分好みの男だと、当人が無意識に、その色香を浴びせてしまうのだ。過去、それで小野が辞めた店は数知れず、刃傷沙汰も数知れず、今は、千影とどうにかなって落ち着いている。だから、橘は、その平穏を破りたくない。できれば、この三人で店を切り盛りしたいところだが、さすがに混雑する時間は、捌ききれなくなっているし、小野の助手も必要だし、で、仕方なくバイトを募集することにした。とりあえず、知り合いのところへ声をかけて、これでダメなら店に張り紙という手段に転じるつもりだったが、知り合いの一人が、「世間知らずなんだが、それでもよければ。」 と、打診してくれた。世間知らずのおぼっちゃんであれ、なんであれ、動ける人間であれば文句は言わない。面接の日を取り決めたのは、小野との面通しが必要だからだ。モロ好みなんてのは、不採用にしなければ危険極まりない。
「世間知らずのぼっちゃんらしい。」
「それだけじゃ、なんとも・・・・」
「だから、面通しすんだろ。」
はいはい、と、小野も頷く。橘が心配することは、よく理解しているので、とりあえず好みでないことを願いたい。
夕刻、ひとりの青年が面接に現れた。外人とは思わなくて、びっくりしたが流暢な日本語を喋っているから、その点では合格だ。それに、一部で有名なホストクラブでアルバイトしていたという経験があるので、そういう意味でも、どうにかなりそうな人材だ。問題は、ただひとつだ。まずは、橘が1人で面接をした。ガタイの良さは、なかなかだが、顔は人懐っこい感じで、客商売には向いているだろう。さて、と、橘は厨房から一時追い出していた小野を呼び戻す。
「まだ見るなよ? 」
「はいはい。」
顔を両手で覆って小野を厨房へ戻した。「立て。」 と、青年に声をかける。目の前まで小野を引き立てて、「前を見ろ。」 と、指示する。ゆっくりと小野が両手を退けて、前を向く。
「どうだ? 小野。」
「・・・うーん、ごめん。マッチョの人は・・・ちょっと。」
つまり、好みじゃないということだ。
「採用決定。アレルヤだったな? いつから来られる? 」
「はい、今日からでも大丈夫です。・・あの・・・」
「ああ、悪りぃな。こいつ、ゲイなんで好みの男は不採用なんだ。そういうのがいる職場でも構わないか? 」
「はい、全然大丈夫です。僕の友達も、そうなんで見慣れてますから。」
いや、もう、なんていうか、ライルの刹那アタックは凄まじかったので、ある意味、そんなもので動じることはない。だいたい自分だって、そういう気もあるのだ。いちいち、性癖で嫌悪なんてものはない。
「え? そうなの? うわぁー嬉しいなあ。僕にも、その友達、紹介してよ。」
「小野ーーーーっっ。」
「やだ、違うよ、橘。ゲイって狭い世界なんだから、同じ趣味の友達を増やしたいってだけだよ。」
「僕が勤めることになったら、みんなで遊びに来ることになってますから、その時でよければ。」
「うんうん、それでいいよ。アレルヤくん。僕は、パティシィエの小野です。よろしく。」
採用となれば、小野も挨拶する。好みでないから、気楽に握手する。こちらこそ、と、アレルヤのほうも手を差し出す。小さな店だし、最初はホール係と小野の手伝いだと言われて、嬉しそうに微笑んだ。
お試しで一ヶ月。という条件付きの採用ではあったが、採用になったことには、マイスター組は大喜びだ。まず、簡単なバイトからはじめればいい。それから、いろいろとやりたいものを探せばいいのだ。時間は、無尽蔵だから、最初の取っ掛かりができれば重畳といったところだ。
「職場の雰囲気とか、どうなんだ? 」
「うん、すっごく親切だよ。千影さんって人が、僕の指導係なんだけど、その人がとっても丁寧でね。お客さんも怖い感じの人はいないし。」
「まあ、悪くない職場だ。収益も、かなり上がっているし、人気もある店らしい。パティシィエが実力のある人間だから、味のほうも評判はいい。」
ティエリアは、ヴェーダを使って、「アンティーク」のことを調べたらしい。職権乱用だが、誰も、それを咎めない。それなりに心配していたのはわかっているからだ。
「なんだかんだで、ティエリアはアレルヤには甘いよな? 」
「うるさいぞ、ライル。俺は、このノータリンが苛められたら可哀想だから調べただけだ。おまえこそ、しっかり働け。」
「俺の仕事は刹那に尽くすこと。もう、それだけ。な? 刹那。」
「尽くさなくていい。」
「せつなぁーひどいよーーー俺、刹那だけなんだからさ。」
「はいはい、刹那もライルも騒がない。まあ、とりあえず働かせてくれるなら、いいんじゃないか? もうちょっと落ち着いたら、俺らも見物に行ってもいいか? 」
ぴーぴーと嘆く弟を黙らせて、二ールが、そう尋ねる。せっかくなら、アレルヤが働いているところを見たい。
「うん、遊びに来て。パティシィエの小野さんからも言われてるんだ。」
じゃあ、もうちょっとしたらな、と、二ールも頷いた。戦闘兵器として作られたアレルヤが社会に溶け込めるなんて嬉しいことはない。少しずつで良いから、この世界に馴染んで欲しいと思っている。
「そういや、ハレルヤは? 」
「いるぜ、二ール。俺の出番は、あんまないけどな。まあ、楽しそうだからいいんじゃないか? 」
「おまえも、ちょっとは顔出して仕事を手伝えよ。」
「やなこった。」
「ハレルヤはね、厨房の手伝いを担当しているんだ。そのことも説明したんだけど、びっくりされなかったよ? 」
実は、ハレルヤは厨房の手伝いが楽しいらしく、そちらの時には顔を出す。最初に、ひとつの身体に、ふたりの人格です、と、説明したら、「楽しそうでいいねぇー」 と、小野に笑われた。橘のほうは、多少驚いていたが、「支障がないならいい。」 と、認められたので、ふたりで適当に分担している。
「うわぁー太っ腹っっ。」
ライルは、相手を賞賛する。性格180度逆向いてそうな二人を使うなんて、普通は驚くだろう。
「トダカさんが、説明してくれたのかな? 」
「そうかもしれないな。」
「こういう職場は貴重だ、ハレルヤ、アレルヤ。おまえたちも、誠意を持って仕事にあたれ。」
「わかってるよ、ティエリア。」
毎日の報告を聞いている限りは、楽しそうだから、ティエリアも安堵している。食事しながら報告されることに、みんな、うんうんと喜んでいる。無愛想な刹那でさえ、目を細めて、それを聞いているので、いつも和やかな食卓になっている。
それから十日ほどして、アレルヤが接客にも慣れただろう頃を見計らって、全員で、「アンティーク」を訪れた。仕事前なので、ケーキも買って帰るつもりだ。本当は、キラたちも行きたがったが、とりあえず斥候ということで、マイスター組だけで出かけた。
閑静な住宅地にぽつんとある瀟洒な洋館の扉を開けると、ちょっと無精ひげの男が、「いらっしゃいませ。」 と、挨拶してくれた。
作品名:だぶるおー こらぼでほすととりぷる 作家名:篠義