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ところにより吹雪になるでしょう

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 イヤホンをしている人をつい目で追ってしまうのは悪い癖。身体に沿って伝う黒い線に、もしかしたら、という淡い期待を抱くのはもうやめにしたい。……疲れるから。こんなところにあいつはいるはずないのに、いちいち顔を確かめ、落胆するのが嫌なのだ。
 今もまた、通りを渡る男性の耳から黒いコードが延びているのを見つけたら、水谷を縁取っていたあらゆる要素が心の中をかすめるようで、どうしようもなくせつなくなってしまった。背格好も似ていたので、栄口は深く心がしおれた。こんなふうに未だうじうじと水谷に囚われっぱなしの自分を自嘲し、頭を揺すってみっともない考えを振り払った。
 深呼吸をすると冷たい冬の匂いが胸いっぱいに行き渡る。そのままゆっくり、大丈夫、と言い聞かせたら案外平気になる。そうやって季節をやり過ごせる。
 あの日から雪は断続的に降り積もり、例年に比べ少ないという気象庁の予測は外れ、十年ぶりの大雪に値するらしい。どこかしこもどっかりと白が腰を下ろす風景にも大分慣れた。でも相変わらず、積もった雪が屋根を滑る轟音と、屋根からごっそりと垂れ下がる極太のつららには驚かされる。
 特につららは、なぜか大学の建物には普通の家のそれとは比べ物にならない大きさの立派なつららができていて、軒下に『ツララ注意!』という看板が立てられるほどだった。
 折ったつららでチャンバラごっこのようなことをして遊んでいる男子学生を見て、危ないと思う前に少しわくわくしてしまった栄口は、男っていうものはいつまでたっても変わらないものなんだな……と妙に納得した。
 かけられた声に顔を上げると、また黒いコードが目に入る。この界隈はおかしいんじゃないのか? イヤホンしている奴が多すぎだろう。栄口はそう思ったが、大学という場所では仕方ないようにも感じた。
 挨拶を交わした後、約束していたプリントの束を渡すと後輩は大げさに顔を崩した。
「あの教官のテスト、過去問の数字変えるだけだから多分なんとかなるよ」
「あざーす! これであの授業取ってるサークル一年は救われるっす!」
 後輩はもらったプリントを丁寧に鞄へしまい、換わりに財布を取り出した。プリントのお礼にはとても及ばないが飲み物でもおごらせてくださいと言うので、栄口も自動販売機に並ぶ缶を眺めてみる。
「先輩は何にします?」
「うーん……じゃあココアで」
「ええっ、先輩がココアってらしくないですね」
「そうかなぁ」
「ココアってなんかかわいいじゃないですか」
「なんだそりゃ」
 笑って相手を小突き、入れてくれた硬貨で点るボタンを押すと鈍い音とともに目当ての缶が落ちてきた。後輩はそれをわざわざ取り出して栄口へ渡すと、言わなきゃいけないことがあるんですけど、と口を開いた。
「おれ、先輩の、あの、あいつとつきあうことになって」
「え」
「いちおう話通しておいたほうがいいかなって、二人で話して」
「……あ、そう、そうなのかー……」
 向こうから告白され、当然のごとく向こうから別れを切り出された、あの気の強い横顔と、今隣にいる後輩の眉毛がハの字に曲がる様子で、持っていた缶が相当熱いことを忘れていた。刺すような痛みに慌てて離すと、触れていた指先が赤くなっていた。気を取り直して缶に口をつけると、久しぶりのココアの強い砂糖の味に驚愕した。いくら水谷が好きからといって、前はよくこんな甘いものを飲んでいたものだ。
「……大事にしてやりなよ」
 そう言うと後輩は軽く照れ、はい、と返事をした。いい顔しやがって、幸せなんだろう。
「先輩は、誰か他に好きな人がいるんですよね?」
 まったくの不意打ちに、タイミングよくココアを咳き込む自分が憐れでならない。
「あいつ言ってましたよ、『ずっと引きずってる』みたいなこと」
「今にも昔にも、そんなのいないって」
「やー、でも女の勘ってあなどれないっすからー」
「……いないよ」
 そこまで否定したら、後輩はあっさり引き下がった。窓の外ではざんざんと暴力的に雪が降っている。徐々にあたりへ紺色が落ち、次々と落下する白いかたまりを街灯がまぶしく照らし出している。
 雪国に住む人々は雪という共通の天災でどんどん話が広がる。全然雪の降らない埼玉で暮らしていた栄口にとってそれは不思議だった。今夜は何センチ積もるだろう、雪で部室の屋根が潰れそう、グラウンドの雪は四月まで解けないんじゃないのか? そんなジョークだって笑い飛ばせる、雪は必ず止んで春には溶ける、きれいなルールがあるから。