ところにより吹雪になるでしょう
そろそろお開きに、と空き缶をごみ箱へ捨てる。後輩はマフラーを巻き直しながら「オレにはよくわかんないです」と独り言のように言った。
「おれにはよくわかんないっすよ、あれだけキャーキャー言われんのに、どうして誰ともつきあわないんですか?」
「ぶっ、なにそれ」
「女子の間ではちょっとした話題だったらしいですよ、この科にかっこいい人がいるって」
「勘弁しろよぉ」
「それにあいつだって悪い女じゃなかったでしょう? あいつは別れた後、ずっと先輩のこと気にしてましたよ」
「……そうだね」
我ながらひどい返答だ。栄口はまた少し自分を責めた。
「……ごめんなさい、オレ、言い過ぎました」
もし自分がこの後輩のように感情を表に出し、自らの言葉で相手に気持ちを伝えていればよかったのだろうか。そうすればどうにか前に進めていた?
栄口はあの寒い日のことを思い出す。絶望的な決意と共に、帰路をたどった日のことを。
それでいいと言い聞かせてからは、どんどんだめになっていった。いろんなものを煙に巻き、時々他人の感情に流されることもあったが、本質的なところはうんざりするくらい変わらなかった。
何も語らない、何も為さない栄口を誰も責めることはなく、だから栄口はずっと自分を叱責している。
(ここ数年でオレはオレのことをずいぶん嫌いになったな)
二人が落ち合ってから一時間と経っていなかったが、雪はさっきより明らかに厚みを増していた。誰かがつけた足跡も、車が通ったタイヤの長い線も徐々に白く覆い潰される。いつもならまだ人気のある学食前も雪のせいで家路を急ぐ人が多いらしく閑散としている。さっきつららで遊んでいた男子学生たちも解散したようで、構内に輝く白色灯はこの寒さをいっそう引き立たせる。
学食の扉を開け外へ出ると、逆流してくる冷たい空気が顔へ当たった。雪は時々斜めの線を描き下へ下へと落ちる。風が出てきているから今夜は吹雪になりそうですね、雪国育ちの後輩はイヤホンをつけながらそう言った。
「それ、何聞いてんの?」
「今また流行ってるじゃないですか」
聞き覚えのあるフレーズを後輩が流暢に歌い、白い息と共に闇の中へ溶けた。
流行っているとはいざ知らず、最近街角で流れるその曲を栄口は幻聴だと思っていた。この曲を耳にしていたのはちょうど二年前の今ごろだった。水谷が借してくれたCDで歌を覚え、ふとした拍子に口ずさむ、そのたびに水谷のことを考えていた。それは長い間離れ離れになっても変わらない。
「じゃ、また」
「おー」
「テスト終わったら鍋でもやりましょうよ」
「いいねぇ」
正門前、手をふったあと、小さくなる傘をぼんやり眺めていた。あいつとあいつが付き合ってる、同じサークルの後輩と自分の元彼女が。驚いた、というのが本音で、それ以上の感情は沸いてこなかった。薄情すぎる。後輩は、自分と彼女が付き合うきっかけになったのも先輩だから言わなきゃいけないと思って、と述べた。その対応はずいぶん大人だと思う。栄口にはとても真似できない。
栄口もまた身を返し家まで帰ることにする。日の暮れるのは早いものの、白く積もった雪が濃紺を和らげ、冬の夜は夏のそれよりも明るい気がした。あの夏に見た海辺の闇と比べるとそれは際立つ。しかし夜が近づきつつあると寒さはひどくなるばかりで、足取りは自然と早まった。
作品名:ところにより吹雪になるでしょう 作家名:さはら