ところにより吹雪になるでしょう
初めて大雪が降って傘を壊してから栄口はもう一度買い戻したのだが、その次の日、学内の傘立てから忽然となくなっていた。これには少し憤慨したけれど、雪は雨と違い、溶けなければ払って落とせるから、傘のことはさっさと忘れることにした。
ふいに頭に軽い衝撃が落ち、視界が閉ざされる。栄口が頭を振って白を払い、いったいこの雪はどこから落ちてきたんだろうと暗い空を見上げた。
五線譜のような電線の上を白がつたなくなぞっている。よくもまぁ器用に、感心する栄口の頭上にまた雪が落ちそうになったが、寸でのところで避けた。しかし風があたりを動かすと電線は生き物みたいに身震いし、受け止めていた雪をぼたぼたと落下させた。さすがの栄口もこれを避けるすべなどなく、まともに雪を被ってしまった。
こういう日こそフードのついている上着を着て来ればよかった。栄口がひとり愚痴りながらしばらく歩くと、落ちた雪が体温によって首のあたりで溶け出す。不快だ。どうにか電線の下を避けようと考えたが、電線と電線をつなぐ電柱はたいてい歩道側にあるので必然的に危機にさらされることになった。
家帰ったら速攻風呂に入ろう、栄口は抵抗をあきらめ、今夜は吹雪になるという後輩の言葉を思い出した。また強い風が吹き付け、煽られた電線がぶわんと奇妙な音を立てた。
(イヤホンのコードみたいだ)
黒いその線は、似通うところがたくさんあると思うのだ。
あの頃栄口と水谷を、よくイヤホンのコードが繋いでいた。この電線も山を越え街を越え、たどれば水谷と繋がっているのだろう。ありふれた電線を眺めながらそんなことを考える自分が、解けた雪が湿っぽい首筋より気持ち悪くなった。
電線はするりと栄口のアパートへも延びている。
作品名:ところにより吹雪になるでしょう 作家名:さはら