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ところにより吹雪になるでしょう

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 波打ち際で花火をしている数人の男女がひときわ大きい歓声をあげ、その足元をくるくると火花が回っている。打ち返す波も穏やかなのに奥の海は不気味に黒い。電車を乗り継いでとにかく海へ来たが、こう暗くては辺りも見渡せない。だから目は自然と陽気にはしゃぐ集団へと向く。もうすぐ終わる夏を当たり前に過ごしている健全な姿は自分たち、とくに水谷とは対極にあるような気がした。
「あれ大学生とかかなぁ」
「高校生だと思う」
「うらやましいねぇ」
「だなぁ」
 海へとなだらかに続く砂浜を区切る、低い堤防に腰掛けて意味のない会話をしてみる。実は水谷はさっきから気が気じゃないのだ。栄口は気づいていないのかもしれないが、浜辺には花火をしている男女以外はぽつぽつとカップルがいる。もう夜も大分更けたのに男二人で何をするわけでもなくここにいるのは誰かに異様に思われていないか不安だった。でもこの街には自分たち二人を知る人はいないだろうから、第三者から同性の恋人同士と認識されても一向に構わない。しかしこんなことに嬉しくなる自分は相当絶望的だ。穏やかな風が浜へと吹き、水谷の煮えた頭の中を少し冷ます。
 隣の栄口は海のほうを向いていた。が、おもむろに立ち上がるなり、夜風がなびいてきた方へふらふらと吸い寄せられたかと思うと急に大股で歩き出した。慌てて追いかけると、栄口は路地へ少し入った所で水谷を待っていた。
「オレさっき気づいた、カップルばっかりだった……」
 頼りない街灯の下では栄口の顔色がよく確かめられないが、耳まで真っ赤にして空気の読めなかった自分を恥じているのだろう。そんな栄口へかわいいって言ったらどうなるんだろう。オレたちも恋人同士と思われてたりね、なんて軽口は叩けず、水谷は気にするなよ、とだけ返した。
 時間を確かめたら既に終電の時間は過ぎていた。そこで一旦これからどうするかについて話し合った。駅前まで戻ればきっと一晩過ごせる漫画喫茶や宿泊施設があると踏み、今来た道を引き返したつもりだったのに一向に駅は見えない。むしろ遠ざかっている予感がした。暗闇の中では視界が悪く、何も考えずに海までのらりくらりと歩いてきたのもあり、一度歩いたはずの道が思い出せない。一時間ほどがんばってみたが、どこもかしこも紺色の家並みと同じような形の街灯が続き、もはやどうすればさっきの海へと戻れるのかもわからなくなっていた。気づいたときには住宅街は出口のない迷宮と化していた。
 街灯のたもとで栄口はしゃがみ込み、靴のかかとを気にしている。おろしたてだったから靴擦れになってしまったと力なく笑い、片足を不自然に引き摺った。
「どうする、これから」
「最悪野宿?」
「野宿……」
 どこからともなく民家の犬が遠吠えをしただけなのに二人は顔を見合わせて妙に怖くなった。困りあぐねた水谷が宙を見上げると、街灯の明かりへはたはたと一匹の蝶が光を求めに来ていた。今は夜だから蝶ではなく蛾だろうか。蛾は何度も電球へごつりごつりと身体をぶつけ、輝きの周りを無闇に飛び回ることを止めない。身から剥がれた鱗粉が疲れた光の中に舞う。なんて虚しいし、学習能力がないんだろう。そう思った水谷の目へ、電柱と屋根の間に街灯の光とは違う悪趣味なネオンが見えた。
「……あ、ラブホテルがある」
「それがどうしたって言うんだよ」
「栄口さぁ、もう面倒だからそこ泊まっちゃおうよ」
 水谷もまた午前は勉強させられていたし、今ずっと歩きっぱなしなのもあってすっかり疲れていた。だからもう考えるのもしんどくなっていたため、うっかり思いつきで変なことを言ってしまった。やましい気持ちはさらさらなかった。栄口はためらいがちに「ラブホねぇ……」と口を濁している。
「シャワーもあるしベッドもあるよ」
「ていうか男二人でも泊まれるもんなの?」
「見つからなきゃ大丈夫なんじゃない」
「詳しいな」
「全部AVの受け売りだけどな」
「ああ、だてに数見てないっていうやつか」
 あっはははと水谷の乾いた笑いが暗い路地に響いた。趣向が思いっきりばれている。「好き」という感情以外、水谷の情報はすべて隠さず栄口へ聞かせていたつもりだった。それは自分をもっと知ってもらいたくて、理解してもらいたくての行動だったのに、今になって変なカウンターを喰らってしまった。
「じゃあ行ってみるかぁ」
「足辛いならおんぶしてやろうか?」
「水谷筋トレ真面目にやってなかったから無理」
 根拠とともに理由を話されると、ぐうの音も出ない。
「……真面目にやってましたよぉ」
 靴擦れしたほうの足をかばうようにまた歩き出した栄口は、二度返事を返しつつも背中で水谷の泣き言を受け止めた。