ところにより吹雪になるでしょう
当然のごとくのダブルベッドへ、回転しすぎた頭の熱が移る。部活は終わってしまったし、結局栄口とは一度も同じクラスになれなかった。ずっと高校生でいられればいいのにと思うけれどそれは絶対叶わない。これから真面目に進路のことを考えなければいけない状況になるが、栄口と同じ進路がいいと安易に決断できる自分は多分恋愛関係で人生棒に振るタイプだ。その相手が栄口なら大丈夫なんじゃないだろうか、とか……
(不毛だなぁ……)
「水谷髪乾いた?」
「はっ、はい!」
寝てた? と心配されても仕方ない。過去ダイジェスト『水谷文貴の恋』を脳内再生していたから、あまりの白熱っぷりに風呂をあがる栄口の様子にも気づけなかった。栄口はそんな水谷を気に留めることなくガシガシとタオルで髪を乾かしながら部屋の中で何かを探す。
「テレビのリモコンないかな、明日の天気が知りたい」
ベッドの近くにあったリモコンをとりあえず水谷が操作すると、画面に映し出されたのは真っ最中の男女だった。反射神経がすぐテレビの電源を落とし、強張った顔を栄口へ向ける。
いつもの相手なら「水谷何やってんだよ」と軽く笑って場を取り直していただろうに、今の栄口はそれをしない。半開きだった口を慌てて閉じ、気まずそうに水谷から視線を逸らす。突然の映像で驚かせたとしても、お互いある意味見慣れたものを目にしただけなのに、さっきより部屋の中が異様さを増す。
「あっ、天気……」
「……もういい」
会話は何の意味も成さず、濁った色の絨毯の上で凝固した。この状況はちょっとどころじゃなくおかしい。アダルトビデオなんて自分のお気に入り総まとめ集を見せたこともある相手なのに。Tシャツに下着というラフすぎる格好が恥ずかしくなるが、それは栄口も同様だったし、こんな姿も部活で見慣れている。何ら特別なことも真新しいこともないのだ。
ありふれたことをいつものようにしたいだけなのに、頭に口に手に足に、分厚い綿のようなものがまとわりついて身動きが取り辛い。相手の些細なまばたきでさえ大げさに空気が揺れた。こういう時の対処法を今までの授業や部活から見つけようとしたけれど水谷のデータベースにはなかった。
「……寝よっか」
「ど、どういう意味……」
「あっ、えっ、そんな変な意味じゃなくてっ」
「……変な意味ってなんだよ」
意気地のない水谷は寝てしまうことで重い空気から逃げようとしたが、ここはラブホテル、当然ベッドは一つで枕は二つなのだった。
(寝れるかボケー!)
このベッドはおそらく二人で寝ても広々使えるサイズなのだろうが、水谷と栄口はその広さを最大限に生かしきって両端で寝ている。それにも関わらずシーツは相手の重みを布越しに伝え、手を伸ばせば届く距離に栄口は無防備な格好でいる。しかしさっき栄口はおやすみも言わなかったからきっと怒っているのだろう。
とにもかくにも水谷は寝付けない。好きな人と一緒にベッドの中にいるのに、高らかに寝息を立てられる奴がいたら水谷はそいつを正座させて自分の叶わない恋についてうんざりされるくらい語りたいと思う。大半のことは諦めているが、水谷だって欲がないわけじゃない。栄口の身体ぜんぶ触りたいし、できるのならキスがしたい。セックスとかいうお花畑は多分この世に存在しないもので、水谷の頭の中のみで繰り広げられるオモシロ劇場の題目だ。
作品名:ところにより吹雪になるでしょう 作家名:さはら