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永遠に失われしもの 第10章

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 見るからに柔らかそうな、
 少し癖のある前髪が、
 右の眼を覆い隠している少年と対峙して、

 年は十四の筈なのに、
 何が彼の青みのかかった碧眼に、
 これほどまでに世に飽くような、
 陰影をもたらしているのか、
 ラウルは考えていた。


「ラウル刑事、貴殿は僕の顔だけを
 拝みにきたのか?」


 尊大な様子は、華奢で小柄な身体つきと
 その年より随分と幼い顔立ちには、
 全くもって似つかわしくないものだった。


「ああ、すみません」


「さっさと用件を言えッ!」


 聞きたい事柄も、ラウルにとっては、
 実に聞きにくい種類のものだったので、
 ここまでどう切り出したものか分からず、
 ただ、少年の顔をみつめるばかりだった
 が、そうも言ってられない・・・
 とラウルは話し出した。
 

「オレイニク公爵は、あの・・・
 貴方の執事から聞いたのですが・・
 エット-レ卿に」


「ふん!あのエロ親父め!」


 ラウルが卿だとして、
 この少年にそのようなことが出来るとは
 到底思えないほどの勢いで、
 シエルは吐き捨てるように言った。


「失礼ですが、貴方の身に決定的なことが
 起こったわけではないんですね?
 その素振りからすると・・」


「ああ、
 僕の執事が僕を守ってくれたからな!
 そうでなければ・・・」

 
 ・・僕の中の悪魔の血が彼をずたずたに
 引き裂いたかもしれない・・・


 ラウルは、そうでなければに続く想いを
 完全に誤解していた。


 ・・ああ、やはり、強がっていても
 この少年は、年相応・・いや
 背格好からいえば十二才くらいにしか
 見えないのだから、
 いきなり大人に襲ってこられたら、
 何も抗う術はなかっただろう・・

 ・・となると、やはり執事が・・


「執事は、執務室の謁見では、最初は同席
 していなかったのですね」


「ああ、物音を聞いたんだろう。
 途中で駆けつけて、
 それであのエロじじいは
 怖じ気づいたというわけだ」


「なるほど。わかりました。

 で、公爵はどちらで、
 セバスチャン・ミカエリスをお知りに?」


「英国だ」
 
 
 ・・もうどうなったって知らないからな。
 セバスチャン!
 僕はお前の設定など知るわけもない・・


「ああ、ではポーランドから初めは英国に
 いらしたのですね。
 でどうして、イタリアに?」


「それが貴殿の抱えている事件
 と何か関わりがあるのか?」


「それはこれから調べてみないと何とも」


「殺されそうになったからだ」


 頭の中でセバスチャンの
 『ぼっちゃんは、嘘つきですね』
 という言葉が蘇ってくる。


 ・・さすがにいくらなんでも、死んで
 悪魔になって復活したから、なんて
 答えられるはずもないじゃないか!・・


「なるほど、そうでしたか。
 追われて、こちらに来たわけですね
 警護の者をおつけしましょうか?」


 ・・セバスチャンに優る
   警護がいるとでも?・・・


 しかし今そこには彼の執事の姿はないのだ


「いや、結構だ。
 自分の身は自分で守る」


「貴方の出身はポーランドのシレジア地方の
 リーシェンと伺いましたが、
 私も近くを何度か訪れたことがあります。

 美しい教会の高い塔から見る街の眺めは
 最高ですよね」


「ああ」


「それでは、公爵も予定があるでしょうから
 今日のところは、これで失礼します。
 聞きたいことは聞けました。」


「貴殿の健闘を祈る」


 部屋から退出したラウル刑事は、
 エット-レ卿から持ち去られたもの
 について卿の執務補佐官に会いに、
 ヴァチカンへと馬車を走らせた。


・・公爵、リーシェンには高い教会の塔なぞ
無いのです・・・


 ラウルは、くっと笑いを洩らした。