永遠に失われしもの 第10章
「そこを何とかお願いしますよ、補佐官」
願いもむなしく、
切れた後の通話音が聞こえて、
ラウル刑事は、受話器を戻した。
エット-レ卿から紛失したものを尋ね、
捜査に行きたいのだが、肝心の法王庁は
捜査に協力的とは言い難かった。
とくに卿の執務補佐官に至っては、露骨に
ラウルを敬遠している気配がする。
たった今も、補佐官との面談を
むげなく拒否されたばかりであった。
・・こうなると捜査の線は、あの執事から
しかない・・
ラウルは部下の警官を呼びつけて、
セバスチャンを取調室に再度、
連れてくるように命じた。
地下の留置場の看守は、
灰色の薄汚れた壁にかかった時計を
ちらちらと度々見上げ、
それからゆっくりと、立ち上がった。
大男としか形容のないくらいの身の丈に、
知性を一かけらも感じないよどんだ目を
しながら、看守が一番奥の檻へと近寄る。
「もういい加減・・終わったんだろ~・・
つぎはオレに回せよ~・・」
ところが看守は、
想像していた檻の中の様子とは、
全く違う事に気がついた。
いつも檻の奥の壁際の真ん中あたりで、
獣欲に目をたぎらせているこの檻の主が、
いまや、同じ壁際の奥とはいえ、隅に
小さく縮こまって、震えている様子だ。
目当てだった、いかにも上流階級の
執事姿の男も、一糸の乱れもないまま、
鉄格子の近くに、平然と立っている。
「おい、どうしたんだよ・・」
腰から大量に下げた鍵の一つを選り分け、
看守は檻の鍵穴に差し込み、中に入る。
中に入って気づくが、この檻の主以外も
皆この新しい住人を、
恐れているようだった。
「貴様、何かしやがったなっ!」
看守は、腰に下げた警棒を外して
振りかざし、セバスチャンの顔を目掛けて
振り下ろす。
セバスチャンは、底を見据えるような目で
相手を見つめた。
何かがこすれるような大きな音がした
かと思うと、その漆黒の燕尾服をまとった
執事は金属の棒状のもので、
看守の警棒を受けとめていた。
そして看守は、セバスチャンの後ろの
鉄格子の金属の棒が折られ、
抜き取られているのに気がついた。
「ば・・ば・化け物ッ!」
セバスチャンは、もういちど力をこめて
警棒をなぎ払い、
折れた金属棒の凹凸部分を、
看守の眼前に突き立てて、
優雅な口調で、
口元に余裕の微笑を浮かべながら言った。
「化け物ではありませんよ。
私は、あくまで執事ですから」
作品名:永遠に失われしもの 第10章 作家名:くろ