獣のようにもう一度
二番目にできるのは多分ここまで。あとは求められてもいないし、求めてもいけないものだとオレは思うのよ。しかしなんて進捗のない恋なんだろう。オレがこれからできることといったら、今までの半分のお時間で驚きのクオリティを提供するくらいしか発展の余地がないような予感がある。
そんなふうに行き詰って風呂に入っていたらすっかりのぼせてしまった。ぐらぐらする頭で居間を覗くと姉ちゃんがドラマを見ながらカップアイスを食べていた。
「アイスいいなー、ちょっとちょうだい」
「ひとくち百円」
「たっけえ!」
オレが憤慨すると姉ちゃんは見せびらかすようにバニラをすくって食べた。悔しくて目をそらした先のテレビでは男の人と女の人が言い争いをしている。
「これどんなドラマ?」
「こいつが二股かけてんのよ、彼女とこの子で」
フタマタ。ここ最近の自分を取り巻く人間関係が浮かび、背筋がぎくりと凍った。オレはフタマタかけてるわけじゃなく、かけられてるわけだけど、世間一般にはあまりよろしくない関係よね。姉ちゃんはそんなオレに気づくことなく、テレビに映し出された男前をアイスのヘラで二度指す。
「やめときゃいいのにさぁ、二股かける男なんて」
「なんで?」
「選べないし、決められないんでしょ、つまり人として弱いんじゃん」
「えー、オレはこいつ優しいと思うんだけどなぁ」
見る見るうちに姉ちゃんが般若の形相になり、明らかに喧嘩腰で「はぁ? なんでよ?」と理由を尋ねてきた。
「す、好きになった女の子にしてみれば、こいつが断っちゃうとそこで全部終わっちゃうじゃん。でも二番目でもいいから付き合ってあげたらまだ救われるんじゃないかなぁ」
「あんたそれ、一番目にバレたら修羅場だよ」
姉ちゃんの反論にそりゃそうだと納得してしまったオレはもれなく気配り下手のバカ。オレは納得して二番目にいるから怒ったりはしないけど、栄口の一番、ミキちゃんはどうなんだろ。つーか普通言わないし言えないよな。「ミキのほかに男の彼氏がいます、でもそいつは二番目だよ!」なんてカミングアウトされたら発狂ものよね。
番組も佳境なんだろう、テレビの中のヒロインは彼氏と他の女の人が手を組んで歩いているのを見て、小さくその名前を呼んだあとぼろぼろと涙をこぼしていた。
「バッカよねー、好きな人くらいちゃんと選べばいいのに」
「姉ちゃんはそう言うけど、恋は打算じゃないと思う……」
「あれ、文貴がマトモなこと言ってる」
打算じゃないから厄介なんです。好きな人を選べたら、好きになるのを止めれたら、きっともっとハッピーに毎日を過ごせるんだろうけど、そういう計算は二次関数で手間取っている程度のオレにはまだまだ難しくてできない。
電気を消して寝てみようとするんだけど、さっきのドラマのヒロインが目に焼きついて離れなかった。オレが一番目のミキちゃんについて知っていることは、栄口と中学のとき同じクラスで、わりとかわいいってことぐらい。顔もわからないから、自然とあの女の人の泣き顔を当てはめてやりきれない気持ちになった。
栄口はそんな最低なやつじゃないって思いたいんだけど、オレといかがわしいことをしているのはミキちゃんへおっぴらに言えない事実だろう。だとしてもいまさら身を引くことなんてできない、オレだって栄口のことが大好きなんだから。
今になってミキちゃんのことを知りたがるのは結構頭の悪いことだと知りながら、オレはある程度のリスクを覚悟してメールを打った。携帯のディスプレイの輝きが暗闇に慣れた目に痛かった。