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獣のようにもう一度

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 ドアの開く音がしたのに構わずまどろんでいたのは入ってきた人が誰だかだいたい予想がついていたから。そんでもってそいつは寝てるオレのことを無理矢理起こしたりしないやさしい心の持ち主なので、甘えがどんどん増長してしまう。
「水谷? 寝てるの?」
 意識はとっくに覚めているのに問いかけには応じなかった。ほこりっぽい部室の畳を踏み、栄口が近づいてくる。足音はオレのすぐそばでぴたりと止まり、閉ざされた視界の中でドキドキしながら寝たふりを続ける。このままこうしていれば栄口はオレをかまってくれるだろ? もっと栄口にやさしくされたい。
「おーきーろー」
「うえっ」
 肩を揺すられた拍子に舌を噛み、その痛みに思いきり目を開いてしまった。
「なんだ、起きてんじゃん」
「舌噛んだぁ!」
「ごめんごめん」
「心がこもってないぃ!」
 なおもぎゃんぎゃん騒ぐオレを簡単に無視しつつ、栄口は早く帰ろうと笑って床に置いてあった自分のバッグに手を伸ばした。ごねるオレなんて超スルー。ひどすぎない?
 目の前ににょきっと脚が生えて、寝転がったまま見上げると、栄口は蛍光灯を背に少し困ったような顔をしている。右指でくるくる回る部室の鍵までもがオレへ帰ろうって言っている。
「キスしてくれたら起きる」
 そう言い捨ててまた目をつぶった。まだ栄口と一緒にいたかったし、だだをこねたい気分だったからちょっと強気に出てみる。でもあと十秒もしないうちにオレの決意はぽっきり音を立てて折れ、情けない声で「怒んないで、言ってみただけだよ」と弁解するのだろう。だってこれ以上栄口に嫌われたくない。
 目が見えないぶん畳がぐっと軋む質感がリアルに伝わって、近づく影がまぶたの裏を暗くした。人は存在に熱を纏う。栄口の身体がゆっくり動いて覆い被さってくるのを微妙な温度から感じた。ほっぺにひとつ、あったかくて柔らかい感触がしたら、オレはこんなキスで誤魔化されるつもりはこれっぽっちもないのに、悔しいけれど目を開けてしまう。思えば栄口からしてもらうのは、あの日オレが部屋でびーびー泣いていたとき以来だった。
「ほら、帰ろう?」
 そんな顔して手を差し伸べてくるのは卑怯です。なんかオレ、帰宅を促すチャイムが鳴っているのにまだ遊びたいって学校に残ってる困った小学生みたい。渋々身支度を整えだしたオレを栄口は急かすことなく待ってくれている。『もっとやさしくされたい』ってどのツラ下げて思ってたんだろう、オレはこんなにも栄口から情をかけてもらっているのだ。
 頭を乗せていた部分だけへこんでいるバッグを直し、重いそれを肩に掛けた。栄口は鍵を垂直に宙へ上げる遊びを止め、もたれていた壁から背を離す。オレらはこれから鍵しめて帰ります。
だからそのときは本当に何も考えず、ただ話題のひとつとして喋ってしまったのだ。
「オレ阿部から中学の卒業アルバム借りたんだけどさー、ミキちゃんと栄口って同じクラスだったんだよね?」
 バシンと勢い良く床へ叩きつけられた鍵に気を取られ、視線を上げた次の瞬間もうドアは大きな音を立てていた。あまりに速度の速い出来事に栄口がなんでもうここにいないのかよく理解できない。とにかく栄口は部室の鍵を投げ捨て、ここから立ち去ってしまった。
 栄口がなんでセカンドやってるのかよくわかった。状況判断能力と的確な返球、それに加えてあの足の速さは二塁手にとって大きな強みだろう……なんてどっか遠くからぼんやり分析したりする。辛すぎて。
 さっきのは今までにない拒絶のされ方だった。オレがぐちゃぐちゃに泣いて好きですって告白したときですら栄口は気丈に構えていた。原因はなんだろう。すぐ思い当たるのがしんどいんだけど、多分オレがミキちゃんを詮索したからなんだろう。不幸になるとは感じていたけどやっぱり聞かないほうがよかったんだぁ……。
 栄口の代わりに部室の電気を消して鍵をかけ、自転車置き場まで来たけれど当然のごとくその姿はなかった。明日会って聞けば教えてくれるかな。「昨日なんでいなくなっちゃったの?」って。
 そんなオレの底の浅いもくろみは十数時間後に見るも無残に砕け散るのだった。

作品名:獣のようにもう一度 作家名:さはら