獣のようにもう一度
栄口はオレが中学のとき彼女がいたことにすごくショックを受けたらしい。それがもう終わっていたことでもとてつもなく嫌だったそうです。彼女がいるっていう嘘はオレから昔の話を聞きだすための口実だった。オレの彼女の話をあんなに知りたかったのに、いざ教えてもらったら本気へこんだんだって。あの日ドーナツを持ってオレんちに来たのは、もう耐え切れなくなって今までの嘘を謝るつもりだったらしい。オレの話が全部嘘ってわかったとき、うれしくて、でも自分の嘘をも話す度胸はなかったみたい。栄口はオレの嘘を許したけど、オレは栄口の嘘を許してくれないかもしれない、そう思ったら、ついずるずると……。
そこまで言い放ち、栄口は苦笑いを浮かべ「痛いだろ、オレ」と自嘲した。
「そうかなぁ」
「痛いよ、超痛いよ」
「別に気になんないけど」
意に介さないと首を傾げたら、突っ立っていた栄口がオレの近くまで歩み寄り、回転のすこぶる悪いボサボサ頭を軽く叩いて、なんで、と付け加えた。
「栄口が好きだから」
栄口がへなへなと畳に腰を下ろした。あれ、オレまた話の腰を折ったのかな。だって隣の栄口は体育座りで畳の目を力無く見つめている。
「オレは水谷みたいになれないよ、素直にもなれない、プライドだって捨てられない」
それはそれでいいと思うんだけど。恋愛の比重をほかのものより大事にしすぎるオレが大分おかしいだけなんだ。別に、素直になってプライドを捨てきったほうがすごいわけでも偉いわけでもないし、栄口は栄口なりにオレを好きでいてくれれば……あれ?
「あの、栄口」
「なんだよ」
「もしかして栄口ってオレのこと好きなのっ?」
「水谷今気づいたろ?」
「うん」
「このバカもうやだよー!」
バカって言われてもうれしいのは愛のせいです。へらへらしてたらキスされた。栄口からのそれはオレがずっと憧れてた恋人同士のキスみたいに自然で、ぐわっと頬へ熱が伝った気がした。気持ちがこんなにもすんなり相手へ届いてしまうのに慣れていなくて、ものすごく恥ずかしい。
居たたまれなくなるとオレはすぐ逃げ場所を見つけたがる。照れているのをごまかすために前までのように「口でしてもいい?」ってお願いしたら、栄口は据えた目で「オレがするよ」なんておっしゃるものだから気が動転した。
「やだ!」
「やだとはなんだよ、やだとは」
腰を引いて後ずさりすると、釈然としない顔つきの栄口がじりじりと前に立ち塞がりオレに理由を問う。だって栄口にそんなことさせたくない。オレは望むのなら何でもできる自信があるけど、栄口にもそれを求めているわけじゃない。栄口は汚くないけど、オレは汚い。そう説明したらわかってくれるかな? いーや、無理だな、水谷ができることをオレがしないのは変だ、とか言い返されそう。
「あの、その、こ、心の準備が……」
顔を崩して思いっきり吹き出されてしまった。……まぁ別にいいか、これで今日のところは勘弁してもらえるだろう。なんていうか、オレは一番目で両思いなのにまだ栄口から嫌われるのが怖い。情けないなぁ。