愚者の遺言
『―お前はよォ…』
夏の暑い日だった。いつものようにナイフを構える己と道路標識を振り回す彼。(いつものように、の使い方はけして間違ってはいないことをここに明記しておきたいと思う)
日差しとアスファルトの照り返しがじりじりと皮膚を焼き陽炎が揺らめく。
それに目を奪われた一瞬の隙に腹部に強い衝撃が走る。あ、と気付いたときには後方数メートルの地面へ叩き付けられる直前であった。視線の先に水溜りが目に入ったが、派手な音をたてて落ちた先は乾いた路面。あれは逃げ水だったのだ。
せり上がる嘔吐感を堪えて、すぐには立ち上がれない自分にゆっくりと近づく彼。
焼けつく陽の光を浴びて燦めく金糸に目を伏せる。己にあれは眩しすぎる。
一体どれ程の黒で覆えば、それは輝きを無くすのだろう。
逸脱した思考から現実へと引き戻す呼び声、
『いつになったら死にやがるんだ?』
不機嫌を隠そうともしない彼を見て笑みが零れる。
いつかこの顔を、驚愕や嫌悪、孤独、恐怖―そして絶望に歪めてやりたい。
歪な妄想は思考に根を張り、時折芽吹くように疼く。
『さぁね』
そろそろ身体は動いてくれるだろうか、手足の感覚を慎重に確認しながらゆっくりと、折原は身構える。
そして、あぁでも、と前置きして
『シズちゃんが死んでからかなぁ』
そうしたら、しかしその先に続く言葉はなかった、代わりにと言うように目の前に迫る大きな物体。
(ごみばこ、)
妙に冷静に考えながらそれを躱し、場を立ち去る背中に突き刺さるような声。
『…ッ、二度と俺の目の前に現れんじゃねぇ!!』
やだよ、だってまだ話の続きをしてないじゃないか。
そうは思いながら、しかしその先を話すことはないのだろうとぼんやりと(しかし確信を持って)思う。
君が死んだら、その先に続く言葉、けれどそれを彼が聞くことはない―聞く必要も、ない。