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だぶるおー 天上国 王妃の日常4

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 ニールの声が普通に戻ったので、刹那が背中に回していた手を離した。ニールのほうも手を離す。周囲は、ひっそりと静まり返っている。刹那が、途中で、アレルヤに伝言を飛ばしておいたからだ。しばらく、ふたりにしてくれ、と、言ったので、誰も執務室には近寄らなかった。さすがに、ニールが泣いているところを見せるわけにはいかないし、これは俺だけが独占するものだ、と、思った。
 心が繋がらないのは、言葉が足りないからだ、と、アレルヤに指摘されたことを実感した。ちゃんと、言葉にすれば届くのだ。身体に伝えるのでは届かないものがある。それが、ようやく解った。まだ、辿り着いて、ニールの心をノックしたにすぎないから、これからも言葉を話さないといけない。
「俺は言葉が足りない。あんたに迷惑をかけた。」
「そうでもないさ。・・・まあ、ちょっと夜は加減してくれ。」
 たぶん、もう飢えない。だから、あんなことはしなくていいはずだ。執務室から出たら、廊下の窓には、大きな月が見えた。大風の後だから、空気が澄んでいて、より一層青白く光っている。歩きながら、月を指差した。
「あれは、あんたと同じくらい綺麗だ。」
「・・・・形容詞の勉強しなおそうな? 」
「間違ってない。」
「いや、間違ってるよ。綺麗は、女の人につける形容詞だって教えなかったか? 俺につけるな。」
「月は女か? 」
「自然の風景にはつけていいんだ。」
「アレルヤも、ティエリアに言ってるぞ? 」
「あそこは、バカップルなんだよ。」
「俺たちもバカップルでいい。」
「・・・刹那さんや、俺は、それは勘弁して欲しい。」
「なぜ、勘弁なんだ。あんたは、俺のことを好きじゃないのか。」
「好きでも、あんないちゃこらしたくねぇーよ。」
 どっちかといえば、王と王妃のほうがいちゃらこらしているのだが、王妃に自覚はない。さんざん、世話しているので、それが普通だと思っているからだ。王の私室まで、長い廊下を歩いて、ニールは、「俺は、早急に戦争がなくならなくてもいい。」 と、言い出した。
「確かに、三大国の王都を壊滅させれば、戦いはなくなるだろう。けど、それだと、次に新しい国が立ち上がれば、堂々巡りするんじゃないかな。・・・・俺たちが長生きだといっても、永遠の命があるわけじゃない。それなら、時間がかかっても戦いは無意味だと、意識を変革するほうがいいんじゃないかと思うんだ。・・・・子供を巻き込むのは、悲しいことだと、誰もが考えてくれれば、なくならないまでも減るような気はする。」
 人間には、欲望や野望がある。それがあるから向上するものもあるのだが、それが暴走すると、人のものを欲しがったり陥れようとしたりする。その配分は、どうにもならないかもしれないが、戦いは益がないことだというふうに意識は変えられるかもしれない。そんなふうに変ってくれたら、ソレスタルビーイングは結界を張る必要がなくなって、次か、その次の王は、国に縛られることはなくなのではないだろうか、と、続けた。
「王妃が、そう望むなら、努力する。あんたが俺に頼んでくれるのは嬉しい。なんでもいいから、俺にできることは頼んでくれ。」
「フェルトを苛めないでくれな? 俺のことを心配してくれただけだから。」
「フェルトにも言われたぞ。あんたを苛めるなって。」
「苛められてたのか? 俺は。」
「・・・すまない。かなり苛めた。あんたが、可愛くて。」
「はあ? 」
 なんか、死ぬほど恥ずかしいことを言われたぞ、と、ニールが横に振り向く。刹那は、ものすごく楽しそうに笑っている。
「途中から、あんたが、『許して』とか『助けて』とかいう顔が、可愛くて苛めてた。」
「え? 」
「あんたは、その頃には理性も手放しているから、俺しか知らない。とても可愛くて、ついつい加減ができなくなる。」
「い? 」
「きっと、俺が何度も、『愛してる』って言わせてたのも知らないだろ? 」
「おお? 俺が? 」
「ああ。あんた、素面だと言わないから。どうしても、あんたの声で聞きたくて、苛めて言わせてた。」

・・・・聞きたくなかった・・・・

 刹那の告白に、どっと疲れが押し寄せた。途中から、わけがわからなくなっているのは知っていたが、そんなことを言わされているとは思わなかった。
「ニール? 」
「うっうーーーーどこで、そんなこと覚えてきたんだよーーーっっ。あのヒゲか? ヒゲが教えたんだな? 」
「いや、最初にやり方は教わったが、それだけだ。」
 もうなんていうか、刹那の成長っぷりが心に痛い。別の意味で泣きたくなる。完全に溺れてるだろ? 俺、と、内心でセルフツッコミだ。
「もう苛めない。フェルトにも約束した。次からは、あんたが言いたくなったら言ってくれ。」
 とても鮮やかに笑って刹那は、ニールの手を握っている。ちゅっと、その手にキスしている態度も、堂に入ったものだ。男前に育ったもんだ、とは思うのだが、もったいない、とは思う。これなら、どんな女性だって、思いのままになるだろうに、なぜか、自分のなのだ。
「もったいない。」
「何が、もったいないんだ。」
「こんな男前に育ったのに、相手が俺だなんて、もったいない。」
「あんたに釣り合うために努力したんだから、もったいなくない。」
 なんせ、初恋の人は、孔雀色の瞳の美人さんで、なんでもできて、刹那に甘くて、大切に大切に育ててくれた人だ。勉強も体術も、なんでも知ってる賢い人で、その人を自分のものにするなら、同じくらいのレベルにならないとダメだと、刹那は努力した。自分のもの宣言してから、ずっと、対等に、なんでもできるようになろうとして、ようやく背丈も並んで釣り合う様になった。お陰で、初恋の人は王妃になって、自分の傍に居てくれる。というのに、王妃は自分の価値なんてものに無頓着だ。
「趣味が悪い。」
「失礼だぞ、ニール。」
「俺の自慢の王様なのに。」
「俺は、あんたが自慢の王妃だ。」
 だらだらとくだらないやりとりをしているのは、いつものことだ。どちらも笑っている。けど、いつもと違うのは、ニールの手を刹那が握っていることだ。いつもは、ニールが握っている。今は、刹那がニールを案内するように繋いで歩いている。少しずつ、こうやって変っていくのだろう。



 翌日から、ニールも職場復帰した。技術院で教授の助手をしている。あの夜から、刹那は無茶をしなくなったからだ。それに、助手の件でも拗ねていない。ちゃんと、刹那のほうも別の仕事をしている。
「ようやく落ち着いたってこと? 」
「やれやれだ。・・・ライルが寂しそうだけどな。」