骨に刻んだ約束の証
池袋へ来るのはこれで2度目、合否通知が受験校への合格を伝えてきたので本日は入学手続きの為である。前回に契約こそしなかったものの、ちゃっかりメールアドレスを交換したセルティには通知が来たその日に結果を知らせてあり、自宅から通うのは骨が折れるので物件の相談をしたところ、家に来い、と返されたがそれは丁重にお断りした。あらゆる意味で新羅が怖い、確実にストレス性胃炎を発症する。未成年にも拘らずそんな企業戦士の如き持病はご免蒙りたいのだがセルティが諦めていない様子なので住居は後に1人で探す事にして、兎にも角にも池袋を当面の居住とする為には先ず入学手続きである。
正直に言えば地元にいた方が安全であると分かっている。彼女の話していた異形も未だ帝人の居所を掴んではいない、敢えて移動するよりも潜伏すべきとは理解している。帝人は自己評価として賢いとは思っていなかったが他人評価からして愚かでもなかった。それでも池袋へ出てくるのは、偏にセルティを筆頭に散在する非日常という誘惑に抗い切れなかったからである。愚者が無思慮に行動するより性質の悪い決断を彼は悪癖として片付けた。その悪癖を自覚ではなく把握すべきであるが治す心算が無い故に彼は己を顧みない。その機会は無意識的にか潰されてきたらしい。悪癖が退路を断つべく池袋へ住まわせようとしていても、彼には抵抗する意思が無い。
受付の順番が回ってくる。入学手続きが終了すれば、彼は来春から晴れて池袋の住人となる。逸る心を押さえ付け、予め記入しておいた書類を出し、一覧表にある己の名前に円を付けた時だった。
「■■■■■■■■■」
誰かに名を呼ばれた気がした。顔を上げても受付の係員は書類を確認しているだけで帝人の名を呼んだ様子は無い。
「■■■■■■■■■」
幻聴かと思えば再びそれは聞こえる。周囲には係員と、帝人と同じく手続きをしている女子が隣にいるだけだ。その女子も帝人が手続きを終える前にその場を離れてしまった。首を傾げる彼に係員が首を傾げていて、慌てて何でも無いと取り繕わなくてはならなくなった。
帝人は気付かない。
隣にいた少女の瞳が赤く染まっている事も、彼女の口元が狂喜に歪んでいた事も、その唇が紡いだ名が『竜ヶ峰帝人』ではなかった事も、
「■■■■■■■■■――――、今は竜ヶ峰帝人というのね」
何故その名に反応してしまったのかも、
「見つけたわ見つけたからには逃がさないわ今度こそああ今度こそ」
己に何が迫っているのかも。
「私と愛し合いましょう!」
何もかも知らないでいた。